我々の暮らしを支えるネットワーク通信技術は、年々増加するデータ量によって圧迫されつつある。デバイスや光回線の進歩が鈍化し、データ量の増大をカバーしきれなくなることが予測されており、対策が急がれている。こうしたなか、従来の通信の仕組みにとらわれないまったく新しい情報通信技術のアーキテクチャを構想し、長い年月をかけて実用化を進めているのが、産業技術総合研究所の並木周氏。副研究部門長を務める並木周氏に、今後の実現を目指す光ネットワーク仮想化の基本構想について伺った。
処理限界を迎えるネットワークの課題を、仮想化で解決する
Q:まずは、研究の社会的背景とニーズについて教えてください。
情報は世界中でネットワーク上、あるいはクラウド上で処理され、伝達されています。情報量が多い時では年率200%、最近ではちょっと落ち着いて30%程度のところもあれば、クラウドデータセンターでは60%程度の増加量で、毎年増加しています。
皆さんは日頃の生活で、水道の蛇口や電気のスイッチと同じような感じで、何の意識もなく様々な情報にアクセスしていると思います。しかし、こうした生活を10年くらいのペースで続けていくと、例えば年率60%なら100倍の情報量を扱わなければ社会として動かなくなってしまいます。
そのため、ネットワークや情報処理技術の容量・パフォーマンスは毎年30%程度、場合によっては200%程度向上させる技術革新を生み出していかなければなりません。
では、たとえば「情報処理能力を100倍にする技術を研究開発して新しく生み出そう」と考えるわけですが、今年率60パーセントで増えている場合、10年以内に開発しなければ世の中のニーズにキャッチアップしていくことができません。一時は200%で増えていたこともあり、そうなると10年で1000倍、特にデータセンターの中の情報量はまさにこの勢いで増えているという傾向があります。いわば、桁違いの革新的な技術を生み出し続けていかなければならないのです。
我々がこの研究を始めたのは10年以上前のことになりますが、その頃はアメリカでアップルから初代のスマートフォンが発売された時期です。その頃からネットワークの将来を考えていて、様々な新しい技術革新を生み出していかなければ、この先とんでもないことになると気づいていました。
光通信やコンピューターの歴史を見ると、例えばコンピューターの歴史でいえば、有名な「ムーアの法則」と呼ばれるものがあります。半導体のプロセスがどんどん改善されていって、黙っていても CPU の性能が向上していくようないいループができていました。
光通信についていえば、光ファイバーが実用化されたのが1980年ごろからです。光ファイバーは、100テラなどの非常に広い帯域を持っていて、当初は非常に無尽蔵にある帯域を自由に一部だけ使っていて、増やそうと思えばいくらでも増やせたわけです。これが2000年代ぐらいまでに、「これ以上光ファイバーに情報を詰め込めなくなる」というように原理的な限界が議論され、2010年代にほぼ達成されてしまいました。
一方で電子デバイスの方も、ムーアの法則に従えば、半導体の微細加工がどんどん進歩することによってCPUの能力がどんどん上がってきたわけです。これがいよいよ微細にも限界ということが見え始めてきて、これから先を考えた時、コンピューターの能力が黙っていても向上していくようなことが望めなくなっていました。
こうした状況から、向こう10年でいよいよムーアの法則が終わっていく見通しになっています。
ただ、ニーズの面から見るとAIやIoT、ビッグデータ、さらに超スマート社会と言われる夢のような世界をつくっていこうという期待は依然として高くあります。それに応えるためには通信技術、あるいは情報処理能力を年率数10%の改善率で出していかなければならす、技術的な曲がり角に差し掛かっている状態といえるでしょう。
そこで、私たちが抜本的に解決するために提案したのが、「光スイッチ」を活用した新しいネットワーク技術の創出です。従来、ネットワークというと、「光ファイバーによる光通信」と「電子ルーターによるネットワークを構成する装置」によって、データが必要な場所に届けられるというものでした。ルーターは簡単にいうとコンピューターのお化けのようなものでして、データを処理して所望の場所に届ける処理を電子的に行なっています。
情報量が増えるとパンクしてしまうのですが、それを改善するためにムーアの法則に依存していれば、黙っていても処理能力はどんどん良くなってきていたのが従来の流れでした。しかし状況が変わり、ルーターの処理能力はいよいよ限界に近付きつつあります。一方、光通信のほうも、ファイバー1本に詰め込める情報量の原理限界、すなわちシャノン限界に近づいてきてしまっています。これ以上1本のファイバーに情報を詰め込むことが難しくなってきていたのです。
それを改善するためにまず一つ「仮想化」という大きな流れがあります。簡単にいうと、ハードウェアがシステムの最大能力を決めるのですが、そのハードウェアがこういった状況により能力に限界が出てきてしまう。そうすると今度は限られたハードウェアをいかに効率よく使うかが、大きな問題になってきます。
仮想化という概念は、ハードウェアをソフトウェアで自由自在に使いこなせるようにするための考え方です。従来は、ある目的を達成するためにハードウェアを設置し、別の目的が出てくればまたそこに新しくハードウェアを用意して、というような扱い方をしていました。
しかし、全てのハードウェアが常に使われ続けるわけではないため、遊んでいる時間が出てきます。
仮想化はそういった複数の目的に対して、ハードウェアを大きくひとまとめにしてプールし、ソフトウェア的に切り出して柔軟に一部必要な分だけを目的に合わせて使えるようにする技術です。クラウドは、こうした形で進歩してきています。これと同様に通信能力も、通信を支えているハードウェアを何かしらの形で仮想化して、柔軟に無駄なく目的に割り当てていくことが必要になってきます。
仮想化をするためには、ハードウェアの構成をソフトウェア上から自動で組み替えるなどの柔軟性が必要になってきます。それを行なうのも実はネットワークがそこに新たに介在することになって、まるでパラドックスになっています。ハードウェアの限界がきたので、仮想化するためにハードウェアを柔軟に組み替える。そのためにまたネットワークが必要になる……というわけです。
さらにネットワーク自体に問われるパフォーマンスについても、今まで以上に高いものが要求されてきます。結局ネットワークの部分がボトルネックになっているのです。我々も様々なモデルを立てて検討しましたが、スイッチの部分が性能的にも消費電力的にも、大きなボトルネックになっていることがわかってきました。
従来、スイッチは電子デバイスでやってきましたので、それがムーアの法則によってこれ以上の性能向上が期待できないということになると、そのスイッチを全く別の新しい技術で抜本的に解決するような考え方が必要になってきます。
そこで我々は「光スイッチ」に注目して、それを活用するような新しいネットワークを創出していこうを考えているわけです。実際、ルーターの大部分を光スイッチで置き換えることができれば、3-4桁の電力効率を達成することができるのです。こうして、光スイッチを活用するための新しいネットワークという枠組みを創出しようというのが、我々が進めてきた「光ネットワーク超低エネルギー化技術拠点」です。
Q:光スイッチの基本原理とはどのようなものでしょうか。
電子ルーターや今までネットワークの中で行なわれていたスイッチの機能の電子デバイスを、光スイッチというものに置き換えることが一番の理想形です。光スイッチの一番の魅力は、光の信号がスイッチを通る時には、光が伝搬するだけになり、光信号にどれだけ情報量が乗っているかは、光スイッチから見るとあまり関係ありません。
電気スイッチの場合は、情報量が多ければその分だけ処理を増やさなくてはなりません。情報量が増えると消費電力も増えますし、パフォーマンスもあげなくてはなりません。一方で光スイッチは、情報量が増えてもハードウェアはそのままで大丈夫です。これ以上処理能力を増やせないというものでも、光スイッチに置き換えることができれば、限界を迎えずに処理ができるのです。従来の電気スイッチから光スイッチに転換しようということですね。
ただ、光スイッチは電気スイッチと違って、誰かがタイミングよく光スイッチに切り替えの命令をしなければなりません。光スイッチにはコントローラーが必要なのです。今のインターネットはそういったコントローラーが不要なパケット交換方式を使ってきたわけですが、光は止めることができませんので、従来の電気スイッチが行なってきたようなパケット交換の機能をつくることができないのです。
つまり、光スイッチを開発しても機能としては置き換えにならないため、光スイッチを制御するコントローラーをセットにして導入しなければなりません。そこで、光スイッチと制御技術の開発をセットにする、すなわち、垂直統合的な取り組みをしようということで研究をしています。
個別のデバイスの処理能力が今までのように改善されず、システム全体でどのようにして改善しようかという時に、必ず新たな概念が必要になります。技術単体のスイッチだけを一生懸命研究してもダメですし、ソフトウェアだけ頑張ってもダメなのです。それらがいい形で大きく、より効率の高いシステムをつくるような取り組みがなければ、新しいものが生まれないと思っています。
このアイデアは、文科省の「先端融合領域イノベーション創出拠点形成プログラム」というものに提案したところ、採択されました。我々は、国家規模あるいは世界規模のネットワークを、光スイッチを多用してパフォーマンスを上げ、消費電力を下げるというような提案をしました。その規模に見合う技術が今まではなかったこともあり、そういったデバイスレベルでの技術開発も並行して行ない、かつそれをどのような形で全体のシステムの中で使うかを議論しながら進めてきたわけです。
10社の企業と、積極的に共同開発を推進
Q:これまでの経歴について教えてください。
早稲田大学の理工学部を卒業しました。応用物理を専攻していてその時はマスターまでいき、物性の理論のようなことをしていました。そのあとは、物性の理論というとどうしても産業との繋がりというものが得られにくく、せっかく学んだ物理という基礎を産業に応用するというところに、非常に強い関心がありました。
応用というかサイエンスとエンジニアリングの間、歴史的に見るとサイエンスというものが、一部使われてエンジニアリングを経て実際に社会に普及していくというプロセスがあるわけです。サイエンスがどのような過程で産業に応用されて、エンジニアリングを経ていくのかという部分にものすごく興味がありました。
その後たまたまご縁があり、光通信にも興味が出てきまして、光ファイバーや半導体レーザーの研究開発を行なっている民間企業に一旦就職しました。(マスターを卒業したのが1988年)当時は光ファイバーが量産化されて、実際に商用化されていたような頃でした。
ブロードバンドという言葉はまだなかった気がしますが、これからは高度な情報の社会がきて、その中で光通信や光エレクトロニクスという技術が非常に重要になって、社会に使われていくというような、非常に夢のある時代でした。
幸運にも光増幅器という新しい技術が実用化されそうな頃で、私はその光増幅器を実用化するためのカギになる励起レーザーと呼ばれるものの開発をして、世界最高出力の励起レーザーの開発に成功し、量産の入り口までを手がけました。それで非常に大きな貢献ができたかなと思っています。
量産までいきますとかなり研究から離れてしまうため、会社から留学という形でアメリカのMITに3年ほど行かせてもらいました。そこで、ファイバーの非線形ですとか、超短光パルスの発生に関する研究ですとか、量子雑音に関するものなどかなり基礎研究に近い研究をする機会がありました。日本に帰ってきて、それらの基礎研究で培った様々な知見を光通信に応用するという取り組みをしてきました。
企業での一番のミッションであった、サイエンスからエンジニアリング、そして事業や産業に繋げるところを見てみたいという目的が達成されまして、今度は一企業ではなくてもう少し一回り大きな社会に対して貢献する立場ということで、興味を持って今に至ります。
Q:今後の課題について、どんなことを感じておられますか。
我々の提案は非常に壮大ですので、当初はなかなかまともに取り合ってもらえない部分もありました。10社の企業と組んで、10年間やらせていただきましたが、我々はそれこそグランドチャレンジ的な提案をしていたわけです。
それを実現するための要素技術で切り出してみると、結局今の光通信で使われている要素技術をさらにブラッシュアップするとか、そこに革新的なアイデアを入れて、我々の要求を達成するような大きな絵を描くことができたと思っています。
各社はそれぞれ自分たちの強みをさらにもう一歩伸ばしつつ、発展させていくという取り組みをしています。一方で、その全体を提案している我々が、大きなグランドチャレンジに向けて引っ張っていくという感じですね。
我々が描いていた全体の構想の中で「持続的発展」というキーワードがあります。簡単にいうと、光スイッチを使えば非常に省電力化が望めるということです。
企業も10年前には今で言う、SDGs(持続可能な開発目標、Sustainable Development Goals:SDGs)などの方向性が打ち出されたころで、時流にもマッチしていました。最初はずいぶん大きなことをいっているなという感じでしたが、10年経ってみると技術も比較的良いものができてきて、世の中もムーアの法則に陰りが出てきて、光ファイバーも予想どおり限界を迎えました。こうして、並列化ひいては仮想化に走るしかない、という方向に世の中は舵を切り始めたのです。
まさに光スイッチのようなものを介在とした、ハードウェアの仮想化が重要になってきて、要素技術と大きな方向性については、この10年でかなり明確でかつ正しい方向に進んできたのではないかと考えています。これからはそれが本当に普及していく、あるいは実際に使われていくところを追求していきたいなと考えています。
実は昨年度で10年間の大きなプログラムは終了しています。今年度からは、そのプログラムのレガシーを継続的に活かして、今まで培った企業との共同体制を意味のある形で継続する取り組みに移り変わっています。あとは単なる要素技術を開発するところから、エコシステムをつくることについてもこれから推進していきたいと考えています。
このプログラムの中で私は実行委員長ということで、全体的な方針管理などを行なってきました。ただ私自身の専門性は、非線形光学などを応用した新しい光の機能性デバイスの研究です。根底にある想いとしては、フォトニクスでエレクトロニクスの限界を補って、世の中に対して非常に便利な環境を提供していければいいなと思っています。
Q:研究者はどのように募集されていますか。
産総研は大学と違って学生がおらず、若い研究者としてはドクターの卒業生を研究者として雇用していく、それからドクターをとったあとのキャリアステップとしてポスドクという立場の人たちを雇い、成果を出してもらいます。
ポスドクの人がそのあと産総研のプロパーの職員に採用されたりもします。特に我々が力を入れていたのは、海外からのポスドクをできるだけ雇用することでした。それによって、例えば職場では全て英語で研究をしたこともあります。ポスドクは研究室で成果を出し、その成果を元に、例えば母国に大学の教員として採用されて帰国、あるいは海外のベンチャーに採用されたりもしていました。
Q:産総研はお台場とつくばに二拠点ありますが、その役割はそれぞれどのように違うのでしょうか。
お台場にある臨海副都心センターは我々が開発したスイッチや新しいネットワークを実際に商業のフィールドに敷設するといった、実証実験の役割を担っています。一方でつくばはキャンパスにテストベッドがあるのですが、やはり本当の商用ファイバーを使って敷設された時と全く同じような環境で、我々の作ったシステムを日常的に動かして実運用しています。お台場は実践、つくばはテスト環境という感じですね。
Q:現在、10社の企業と共同開発を行われています。今後は他の企業も含め、どのような取り組みを考えていますか。
10社という枠組みは、文科省のプログラムでいわば代表選手のようなところと組ませていただきました。そこで骨格ができましたので今年度からは枠組みを外し、10社に限らずオープンイノベーションハブという形でやっていこうと考えています。興味を持ってくれるのであれば、どこの企業でも自由に共同研究を展開できる体制ができました。
具体的には2つ大きなコンソーシアムを立ち上げていまして、一つはシリコンフォトニクスという光スイッチのプラットフォームになった新しい基盤技術に関するものです。それをこの拠点で産総研が世界的にも先駆的に開発を進めてきましたので、それをオープン化していこうとするコンソーシアムです。
もうひとつについては、我々が10年間構築してきた光ネットワークの枠組みは、やはり最初に作るところは人の手で行なっていくもので、それは仕方のないことですが実は将来的にボトルネックになるわけです。それをできるだけ自動化するために必要な枠組みについて議論しています。
現在は熟練工の人が非常に難しい装置を扱っています。このままでは今後のニーズに応えていくことは難しいと言えます。そこで我々は新しくUSBデバイスのように、誰にでも扱える、プラグアンドプレイ可能な技術にしていきましょうという命題を掲げまして、そのためには業界でどのような取り決めや技術開発が必要なのかという議論をしているところです。
このような環境が整うと、先ほどお話ししたようなソフトウェア上でハードウェアが管理でき、仮想化という理想に近づいていきます。まずは1年やってみましょうということで、複数の企業と議論をさせていただいています。
業界の取り決めとなると、国際的な流れにどのように対応していくかも問題になってきますので、その辺の戦略も今年度中に立てて、来年度以降はそれに従って展開していきたい、と考えています。(了)

並木 周
なみき・しゅう
国立研究開発法人産業技術総合研究所 電子光技術研究部門 副研究部門長
1988年、早稲田大学修士課程修了。同年から2005年まで、古河電工にて、励起レーザモジュールの開発及び量産化、広帯域ラマン増幅器や非線形ファイバデバイスの発明及び実用化などに従事。1994年から1997年には、MIT客員研究員として、モード同期ファイバレーザの研究に従事。2005年に産業技術総合研究所へ移籍。以後、超高速光信号処理、シリコンフォトニクス、光ネットワーク技術の研究に従事し、光ネットワーク超低エネルギー化技術拠点「VICTORIES」実行委員長および産総研コンソーシアム「光デバイス基盤技術イノベーション研究会(PHOENICS)」運営委員長などを務める。現在、産総研電子光技術研究部門副研究部門長。アメリカ光学会およびIEEEフェロー。博士(理学)。