半導体、MEMS (Micro Electro Mechanical Systems)、光関連等のデバイスに関連する一連のものづくりにおいては、一企業が自前で生産設備を持つことが難しい。クリーンルーム、加工装置を中心とする専門的な設備を取り揃えるだけではなく、技術支援・開発・人材育成の体制も整え、広く利用者に門戸を開放しているのが、東北大学 西澤潤一記念研究センターにあるマイクロシステム融合研究開発センターに設立された、「試作コインランドリ」だ。
企業のニーズに応えることで、年々利用者も増えている同施設で運営責任者を務めるのが、東北大学マイクロシステム融合研究開発センター准教授の戸津 健太郎氏。今回は戸津准教授に、企業のイノベーションの土台を一つ一つの技術支援からつくっていく同施設のねらいについて伺った。
企業の柔軟なニーズに応える、試作コインランドリ
Q:試作コインランドリは、どういった研究を対象にしているのでしょうか。
我々が対象にしている技術は、半導体の微細加工技術を使った様々なものづくりです。具体的には小さいセンサーや、光の部品などをつくっています。微細な加工をしながら付加価値のあるものづくりをする、そのサポートが仕事です。
加工中の微細な部品にゴミが入らないようにするためにクリーンルームが必要です。そのほかにも様々な設備を使わないとものをつくることができませんし、高価な設備も多くあります。そのため「なにか物をつくりたい」と思っても、設備を揃えるだけで大変ですし、維持費もかかるため、決して敷居の低いものではありません。
そのため、ここ「試作コインランドリ」では半導体微細加工に関係する設備を用意し、それを開放することで、たくさんの方に使っていただくというサービスをしております。誰に向けたものという決まりはなく、学生の方や会社の方、学内外や国内外も問わず広く使っていただいています。
なぜ、名前を「コインランドリ」にしているのか、それにも理由があります。
洗濯をする街中のコインランドリーは、家に洗濯機がなくてもお金を入れれば使えます。それと同じく、時間単位で様々な装置を使う、さらには技術も含めて使っていただくということで、このように名付けました。2010年に運営を開始したので、現在は9年目になります。毎日およそ10〜20社の企業がいらして、一緒に小さいセンサーや部品などの開発を行なっています。
年に一度だけHPで申し込みをしていただければ、年度内は自由に使うことができます。できるだけ敷居を下げて、気軽に使っていただきたいなと考えています。
Q:実際に来る企業のニーズには、どういったものがあるでしょうか。
「つくりたいものがあっても、会社や研究室に設備がない」ために、ここに来るというケースが圧倒的に多いようです。現在100台以上の設備がありますが、このなかには光を当てて微細な構造体を転写する装置、薄膜を成膜する装置、ガスを使ってシリコンや金属などの材料を加工する装置、薬品を使って溶かす装置などがあります。ものをつくる際には、それらを組み合わせるわけです。
半導体の普通の工程だけではなくて、異種材料を貼りつけたり、繋げたりといったセンサーや光部品特有の様々な工程も必要です。こうした点からも、通常の半導体の工場よりさらに幅広い技術、設備が必要とされていると思います。
Q:なぜ、東北大学の敷地という立地につくったのでしょうか。
様々な要素がありますが、まずハード面からお話します。
東北大学西澤潤一記念研究センターは、半導体研究のパイオニアで東北大学の総長としても活躍された西澤潤一先生が行ってこられた半導体研究所を引き継いだものです。もともとは財団法人の建物で、大学ではありませんでした。それが2008年に財団から大学の方にすべて移譲され、現在に至っています。
このセンターの特長として、世界的に見ても大きなクリーンルームの存在がありました。クリーンルームを有効活用することに加えて、もともと財団の時代にこの中で半導体工場として使っていたエリアもあったため、その設備まで大学に移ってきました。
従来の研究室のように小規模の設備ではなく、実際に企業の開発から生産までを担えるくらいの、応用研究開発ができる設備があったのは大きなことですね。
ソフトの面では研究資金というか開発資金のようなところですが、国で「最先端研究開発支援プログラム」という大きなプロジェクトが2010年から始まり、リーダーである江刺正喜先生の下、サブテーマの一つとして試作コインランドリがありました。
2008年から始まっていた「先端融合領域イノベーション創出拠点形成プログラム」というプロジェクトもここに関わってきています。共用設備を立ち上げて、技術も開発して、たくさんの方に使っていただくことを国に支援いただけたのは、ありがたかったです。
最近は文科省のナノテクプラットフォームという、共用設備を運用して研究者、技術者の課題解決に貢献するプロジェクトの支援もいただいております。中身の要素としては設備、技術、そして「人」だと思っています。これは、技術支援にあたる人材ということですね。
設備だけあっても、来てすぐに誰でも使える設備ではありません。その点については、通常のコインランドリーとは違うところかもしれません。お金を入れてスイッチ一つですぐに使える装置ではなく、使いこなすための様々なノウハウなどもあります。
そういった使い方も含めて提供するというところで、「人」に付随するノウハウが多くあります。前身の組織である半導体研究所や、建屋内の半導体工場で働いていた研究員や技術者が、現在でもそのままスタッフとして技術支援にあたっているため、経験豊富な人材がそのまま継続して携わってもらっているのも大きな要素だと思います。ハード面、ソフト面、どちらにおいても立ち上げから今に至るまで、好条件で進んできたと感じています。
Q:8年間運用してきた中で、工夫やルールなどはありますか。
あまり細かいルールは設けていないのですが、「使いたい方に直接使っていただく」ということを基本としています。
他施設では、依頼を受けてそこのスタッフが加工して結果をお渡しする、といったことを中心に行なっているところもあるようです。しかし、うちでは基本的にそういった「お任せ」方式は採用していません。使いたい方が直接来て使ってください、我々はそれを最大限支援しますというスタイルを貫いております。
極力、他に頼んだりすることなく、この中で完結して、何か新しいアイデアが出てもそれがすぐに試せることが大切です。計画通りではなくても、取り組んでいる途中で別の道を見つけたり、できるだけ失敗を避けて成功に近づく道を正しく探せるような開発環境を第一にしています。
大事なのは運営側の都合で考えるのではなく、利用者の方に喜んでもらって、良い成果をリーズナブルに持ち帰ってもらうことです。こうした、理想の環境になるように努めております。
そのため、予約の変更やキャンセルもすべて無料ですし、技術相談も無料です。一方で我々もたくさんの情報をいただけるわけです。
情報の共有もすごく大事でして、設備を共有し、得られた情報もみんなで共有して、それは別のお客さんにもお伝えして、みんながハッピーになれるような仕組みを目指しています。それによって大学も社会のニーズを知ることができますので、大学としても研究教育の役に立つものだと思っています。
様々な企業と意見交換をしていくと、共通の課題が見えてくることもあります。そういった横の情報は、なかなか利用者間で直接やりとりできるものではなく、我々こそ知り得るものです。それを社会の役に立つ、大学の研究テーマにつなげていくことが大切だと思います。
Q:このセンターで開発された製品などはありますか?
最近では、気圧の違いをはかるセンサーが開発され、製品になりました。レーザー光の波長を変えるための小さい部品などもここでつくられ、製品になったりしています。
また、古いものを生かしたものもあります。新しいものはもちろん大事なものですが、古いからダメということは決してなくて、古いものでも十分使えることもあります。特に我々の技術は、加工技術としては10年、20年前の技術が今でも必要な分野です。新しい技術もありますが、古いものを一緒に組み合わせていいものができるという、組み合わせ、ハイブリッドという感じがありますね。
古いものを維持して改造なども行ないながら使えるようにしていくのも大事です。まさにここには30、40年前の半導体の工場の設備があったので、それをうまく活用できたということも大きな要因で、皆さんに喜んでいただいています。
Q:こうしたなか、戸津様はどういった役割をになっていらっしゃるのでしょうか。
私は試作コインランドリの責任者になっています。営業業務を中心に、運営全体の舵取りもしています。
具体的には、利用希望者との窓口役ですね。「こんな加工をしたいのですができますか」とか「どうつくればいいですか」などの相談、あとはどういった設備や装置を使えばいいかという最初の入口の部分です。各装置レベルや技術レベルについては、私の他にスタッフが7名おりますので、そのスタッフの専門分野を生かして対応しています。また、全体の総合的なつくり方の部分だとか、なにかトラブルや困ったことがあれば、私や企業出身でサービス精神旺盛な森山雅昭助手の二人を中心に対応しています。
このセンターにはMEMSのパイオニアである江刺先生もいるので、何かあればすぐに聞くことができますし、それぞれの応用分野の専門の先生と話がしたい、という場合には学内外の別の先生を紹介することもできます。できるだけ早く問題が解決できるように対応していますね。
窓口業務以外ですと、運営面の責任者としての仕事もあります。利用者からはお金をいただくことになるので、その請求や料金の設定などは事務のスタッフや大学の本部とも相談しながら進めていきます。
この建屋自体は大学から借りている立場なのですが、安全管理なども必要なため、設備全体の運営や運用についても大学本部と協力して管理をしています。
試作コインランドリは一般の大学でいただいているような運営費が入っていません。その分自分たちで利用料収入をベースに回していかなければいけないという部分があります。現在、経費の8割は利用料で賄えるようになっていて、残りの2割は文科省の委託費をいただいている状態です。
Q:戸津様自身、運営者になられるまでは、どういった経緯があったのでしょうか。
もともと、東北大学の工学部、機械電子工学科を卒業しました。
小さい機械に興味を持ちまして、江刺正喜先生の研究室で3年生からお世話になりました。江刺先生はMEMSで世界をリードされている先生で、また、ニーズに応えて人の役に立つこと、喜んでもらえることをモットーに進められていて、その下で研究し、生活できたことはすごく幸せに思っています。
そのまま修士の課程に進みまして、主にカテーテルの先端に埋め込むような小さなセンサーの開発を研究しました。修士2年の時にドイツのフライブルク大学に半年間留学させていただきました。ドイツでも医療関係の仕事をしまして、パーキンソン病の手の震えを計測する、センサーのシステム開発をしました。
その後日本に帰ってきまして、修士課程を終えてそのまま江刺研究室の中で博士の課程に進学しました。24歳の頃です。博士課程の3年間も同じ研究室で、光ファイバーの先端に小さな構造体をつくって、血圧を体内で測るセンサーについて研究していました。
助手を3年務めた後、機会があって大学本部において産学連携の仕事を中心にさせていただいた期間が3年ほどありました。当時は私の研究していた技術に限らず、幅広く様々な技術のお手伝いをしていましたね。企業と先生を繋いだり、海外企業とのプロジェクトをまとめたりしていました。
もともと研究をしていましたが、それをどうやって社会に活かすか、あるいは社会のニーズに応えるような仕事ができれば嬉しい、という思いが強かったかもしれません。
任期もちょうど3年でその後も継続できたと思うのですが、オフィスではなく専門性を生かしながら、より技術の現場に近いところで仕事をしてみたい、と思っていました。ちょうどその頃に大きなプロジェクトが2010年から始まることになり、試作コインランドリの責任者として戻ってくることになったわけです。
若い世代と次世代の取り組みの土台をつくっていきたい
Q:運営面での課題はありますか?
これまでは試作コインランドリの立ち上げや運営を回すためのスタートアップの時期だったと思いますが、今後10年、20年を見据えていくと、やはり若い世代と一緒に活動して、技術もシニアの世代から継承して動かすようなこともやっていきたいと考えています。若手を巻き込んだ共用設備の運用ができれば理想的だと思っています。
産業的な面については我々にも様々な取り組みがあります。例えば、企業の方がこちらに来てつくったものを製品として出せるような仕組み「製品製作」を整えたりしました。これも文科省や大学内と色々相談して、仕組みを整理して運用しています。
開発はここで行ない、製品は企業で生産する、もしくは会社に持ち帰って会社に設備を整えてつくるという流れもあります。仙台にはMEMSの受託開発、受託生産を行う株式会社メムス・コアや株式会社アドバンテストコンポーネントがあり、連携しています。
しかし、製品製作の仕組みを使っている企業は数社程度で、決して広まっているわけではありません。大学でつくったものをそのまま製品として出すことについて、その責任分担や、品質保証について不安に思う人もいるわけです。ただ、少量でもいいとか、会社で製品管理がしやすい場合であれば、使っていただけると思います。
昔に比べるとプロトタイプの開発の敷居はどんどん下がっていると思うのですが、まだまだ難しい面もあります。スムーズに利用できるようにしたいですね。我々だけではなく地域の企業など得意なところと連携が必要です。
Q:学生の教育の場として、どのような役割を果たせるでしょうか。
私自身が研究室を持っている状態ではないため常日頃から学生と話をするわけではありませんが、この設備を学生も使いにきますので、話す機会はあります。我々が扱う技術は、半導体技術の中でも特にMEMSという主に小さなセンサーやそれをつくる技術のことを指します。
様々な分野で言えることですが、現在はかなり細分化されています。専門性が強くて、極端な話をすると自動車のメーカーでも、自分で車を全部つくるわけではなくて、トランスミッションやエンジン専門など、かなり細分化されて専門性が強くなってしまっている面が多いと思います。
一方、我々が取り組んでいる部分は、実は専門とはいうもののそれほど細分化されているわけではありません。一通り自分でものを設計して、作って、評価するという一連のものづくりができる分野でもあります。この一連の流れを、学生の皆さんにもぜひ経験してほしいですね。
MEMSにずっと従事するわけでなくとも、一通りものづくりを経験する、自分で考えて作って評価するのはどの分野でも役に立つことです。それを体験することはものづくりの大事な部分ですし、喜びが味わえるのではないかなと思っています。
Q:日頃から多くの企業の課題解決に取り組んでおられますが、企業に伝えたいことはありますか。
産業界においては、様々な技術を組み合わせることによって、これまでになかったことが実現したり、課題になっていることが解決する場合もたくさんあります。その点でなにか困っていることがあれば、相談していただけると上手く進むこともあるかもしれません。気軽に聞いていただけるといいかなと思いますね。我々は逆にそれに応えられるだけの情報や技術を蓄えていくことが大事だなと思います。産業界に頼られるように、そして、それに十分応えられるようにしたいですね。
我々のところには様々な企業に来ていただいていますが、当然、我々より優れた技術を持っている企業もあります。そういった実績のある企業にとっても、例えば新しく採用された方の人材育成や教育の場として試作コインランドリを使いたいという話をよく聞きます。
我々のミッションのひとつは人材教育や人材の育成だと思っています。様々な組み合わせの技術を自分で全部できるという話をしましたが、逆にいうとその経験や情報を身につけなければ、センスのいいものづくりはできないわけです。ですから、技術経験ができる場、あらゆるノウハウを吸収できる場としての役割を果たしたいですね。
先ほどお話した、この試作コインランドリから製品が出て成功した例もそうです。未経験の方がここに来て、自分で学んで開発したものを持ち帰り、製品に仕上げました。人材の育成と試作開発を同時にするということがとても有効だと思います。
Q:最後に、今後の目標について教えてください。
開始以来、利用者はずっと増加傾向なのですが、利用者の増加にともない、様々なニーズや要望も広がってきています。
これまではそのアイデアを形にしたいという話が確かに多かった気がしますが、最近は形にできているものについてさらに事業に繋がるかどうか、可能性を判断したいというかなり製品に近い話も出てきています。それをできる場がなかなか他にないこともあり、このニーズには応えたいですね。
良い成果を持ち帰ってもらえるように、もし困っている課題があれば解決できるように、利用者のニーズに応えていくわけですが、その中でうまくいった話を聞くのが一番嬉しいですね。成功例が増えるよう、日々頑張っていくことが第一だと思います。(了)
戸津 健太郎
とつ・けんたろう
東北大学マイクロシステム融合研究開発センター 准教授
1999年、東北大学工学部機械電子工学科卒業。2000年より、独フライブルク大学マイクロシステム技術研究所(IMTEK)留学。2004年に東北大学大学院工学研究科機械電子工学専攻博士課程修了後、同大学大学院工学研究科ナノメカニクス専攻 助手となる。2007年より、同大学産学官連携推進本部 助教。2010年より現職。