異常気象や温暖化が社会問題として叫ばれるなか、東京や名古屋など都市近辺の気候研究の必要性が高まっている。世界最大のユーザ数を誇る「WRF」モデルや筑波大学が中心となって開発した世界最新の「City-LES」を用いて、都市気候を中心とした気候や気象の研究に取り組んでいるのが、筑波大学計算科学研究センターの日下 博幸教授。民間の気象予報会社などとの共同研究も積極的に推進する同教授に、現代の都市気候研究に求められる社会的ニーズからお話を伺った。
都市気候の概要、予測、対策を研究
Q:まずは、ご研究の概要について教えてください。
研究における社会的なニーズからお話しすると、現代においてはより快適で安全・安心な街づくりをすることが求められています。
例えば、東京マラソン。日本では夏の時期になると、熱中症が社会問題になっています。気象災害というと台風や竜巻などが有名ですが、これらが原因で年間に何百人もの人が亡くなるわけではありません。しかし、研究者やお医者さんのカウントの仕方にもよりますが、日本では、熱中症により年間でおよそ200人が亡くなっているといわれています。
問題は、この事実をどのように捉えるかです。熱中症を引き起こす猛暑を自然災害とするか、それとも人災と捉えるのか。私は、両方であると考えています。なぜかというと、「この夏は暑い」とか「今日は暑い」ということは、基本的に自然が決めていることです。熱波のように。
しかし、人間が暑さに対して少し影響を与えていることも確かなのです。有名な例として、地球の温暖化があげられます。東京では、100年間で3℃くらい気温が上がっており、そのうちの1℃くらいは地球規模の気候変動(地球温暖化)の影響によるものだといわれています。そう考えると、もし温暖化がなければ今よりも1℃程度低かったことになります。熱中症で亡くなる人の数も今よりは少なかったかもしれません。
地球温暖化の話は有名ですが、もう一つ人間が関わっている問題として挙げられるのが「ヒートアイランド現象」です。ヒートアイランドは、都市化が進むことで発生する現象です。これも言わば人災的なものとも言えるでしょう。
気温が高くなることで人が熱中症になり亡くなるとか、あるいは病院に運ばれるなどということは、純粋な自然、気象学的な面と、もう一つは人間が気候を変えてしまったせいで、自らの快適さや健康の面を悪い方向に進めてしまった結果と言えます。
別の身近な例をもう一つあげましょう。たとえば、暑いところから涼しい部屋の中に入ってすぐ作業を始めると、ずっと部屋で作業している人に比べて作業効率がかなり落ちると言われています。暑くてぼーっとしてしまうわけです。他にも、暑い時にはエアコンを使うと思いますが、外の気温が1℃上がると、首都圏全体で約160万kwもの電力がさらに必要になると考えられています。暑さというものは健康だけでなく、社会や経済活動にも影響を及ぼしますし、エネルギー問題にも関係しているのです。
人間たちが自ら暑くしてしまった街をなんとか涼しくすることができたら、熱中症にかかる人を減らすことができるのではないかと考えています。より快適な街づくりを目指すことが、都市気候の社会的なニーズだと思っています。
Q:都市気候の中で特にどんな研究をしていますか?
大きく分けて、3つの研究をしています。
一つ目は、純粋なサイエンスとして、都市気候はどのようにして形成されるのかを調べる研究です。そもそも都市気候の仕組みがわかっていなければ、暑さを改善していくことができませんので、より深い理解を目指して研究をしています。
二つ目は、将来どうなっていくかを予測する研究です。地球温暖化の予測などの研究がされていますが、これまでの予測の大部分は、都市のことを全く考えていませんでした。あるいは、考えてはいるものの、50年後も100年後も都市の状態が今と全く変わらないと仮定して予測をしていました。
なぜそんな前提にしていたのかというと、地球温暖化の予測をする時に、予測の計算メッシュが100キロ、せいぜい20キロくらいだったからです。これくらいのメッシュであれば都市を気にする必要はない、と考えられていたのです。地球全体や日本全体というレベルで考えると、一都市の面積は小さく、気にしなくてもいいという話だったのです。
しかし現在では、メッシュも細かくなってきています。例えば、私たちが東京や名古屋などの狭い地域を対象にして温暖化の将来予測をする時には、1~2キロくらいのメッシュで詳細に予測をしています。今後は、私たちがやってきたように、将来の都市のあり方も考えて予測をしていく必要があるでしょう。
また最近は、東南アジアの大都市の予測にも力を入れています。東京は言わば「成熟した都市」ですので、50年後も100年後も現在とさほど大きく変わらないだろうと考えられています。しかし、東南アジアは日本とは違います。昨今、タイやベトナム、インドネシアなどは著しい経済発展を遂げています。こういった地域ではすごい勢いで都市化が進んでいるので、将来は今とはまったく違う状態になっているはずです。東南アジアの場合、将来の都市発展の影響は気候の将来予測をする上でも無視できないので、そこを丁寧に考慮した上で予測していこうと考えています。
研究の三つ目は、対策です。このままだと将来は大変な状態になってしまうかもしれないと予測したら、そのあとはどうするかということです。警告するだけで終わりというわけにはいきません。快適とまではいかなくても、悪い状態になるのを少しでも和らげるような街づくりをするには、どうすればいいのか。例えば、よく言われているような屋上緑化をするのがいいのか、街路樹などを植える方がいいのか、ミスト散布がいいのか。
暑さ対策と一言でいっても、その方法は本当に様々です。どの方法でも実験で試すのが一番いいのですが、大規模に実験するのはなかなか難しいですし、お金も時間もかかってしまいます。ですから、City-LESのような都市気象の予測モデルを活用して、例えば「屋上緑化をこのくらいやってみたらどうか」とか、「ここに街路樹を植えてみたらどうなるか」などをコンピューター実験であらかじめシミュレーションしてあげるわけです。そうすると、「こっちに比べると、こっちの方がいい」というように、ベターな対策が見えてきます。
以上をまとめると、まずは純粋な理学つまりサイエンスとして、都市気候がどのように形成されるのかを研究すること。それと同時に現在のコンピューターシミュレーションモデルを使って、都市気候の将来予測を丁寧にすること。そしてその予測に対しての対策を考えること。この3つが私たちの研究の大きな柱となっています。
Q:現在の研究体制はどうなっていますか?
私たちの研究室は2つのチームに分かれて研究をしています。1つはコンピューターシミュレーションをするチーム、まさに計算科学研究センターならではといったチームです。もう一つは野外観測をするチームです。私の学生は地球学類や大学院の地球環境科学専攻で、フィールドワークを学んでいるので、観測が得意なメンバーもたくさんいます。
コンピューターシミュレーションのチームは、都市気候の数値モデルを開発するところから始めます。すでに世の中にあるものを持ってきて使ってもいいですが、それでは自分たちがやりたい実験や、自分たちが知りたい都市気候の形成メカニズムというものがわからない場合も出てきます。ですから、より細かくリアルな都市気候を表現できるコンピューターシミュレーションモデルを、自分たちで作っています。
ただ、シミュレーションモデルで都市気候を予測・再現しても、それは理論的な式や経験的な式から得られた擬似的なものです。これが本当に正しいかどうかは、やはり実際に観測をして初めて証明できるものです。そこで、観測をするためのチームがあるわけです。
観測のチームは、暑いところで気温を測ったり、風を測ったりします。よくテレビで夏になると熱中症について「今日は厳重警戒です」とか「今日は注意」などというように段階を知らせていたりしますが、だいたいの場合は気温だけで出しているのではなく、気温、湿度、日射などの値をWBGTと呼ばれる総合的な指標に基づき出しています。
考えればわかることですが、気温が高いと暑いですし、風が弱くても暑く感じるでしょう。また、太陽の光を浴びると暑く感じますし、湿度が高いとジメジメ蒸し暑く感じます。このことから、熱中症のリスク指標として「WBGT」を使う理由を分かっていただけると思います。
木陰とミスト、日向などを実際に歩いてもらい、どう感じたかをアンケート調査することもあります。あるいは心拍数や皮膚の温度を測って、人体にどのくらいの影響が出ているのかを調べたりもしています。
Q:日本の気候研究は、世界的においてどんな立ち位置にあるのでしょうか。
日本はモンスーンアジアと呼ばれる地域に入っていて、日本全体を研究する人、あるいは地球の気候システム全体を研究している人もいます。それに対して私たちの研究室は、もっとスケールの小さい現象や地域を対象に研究しています。地球や日本全体というよりも、東京の気候がどう形成されるのか、海や山に近い場所の気候がどう形成されるのかというように、より局所的な地域の気候についての研究をしています。
同様に最近では、ハノイやホーチミン、バンコクなど東南アジア各国の地域を対象にした研究も行なっています。地球全体を見ている人たちは割と多いですが、途上国の大都市を対象に研究をする人たちは、さほど多くはいません。
もともと私は地球科学の出身です。学生時代、授業中にヒートアイランド現象について知り、「人間が街をつくるとその地域の気候が変わってしまう」という事実に非常に興味を持ちました。今となっては当たり前の話ですが、ヒートアイランドについては、当時はテレビでもそれほど伝えられていなかったため、この事実にすごく驚いたと同時に、「なぜそんなことが起こるのだろう」と不思議に思いました。あの時の思いがきっかけになったと思います。
学生時代からヒートアイランドの研究を始めて、大学院を出た後に電力中央研究所でこの研究を続けることになりました。当時、電力中央研究所は、環境とエネルギーと経済という3つを同時に解決する「トリレンマ問題の克服」を、大目標として掲げていました。都市気候問題というものは、まさにこの縮図だったわけです。まずは都市気候を解明したい、というところから私の研究のキャリアがスタートしました。
当時は都市の気候をきちんと再現・予測できるシミュレーションモデルがなかったため、建物や人間の活動などを考慮した気候モデルを作ろうということになりました。これが、研究のスタートでした。最初に対象にした地域は、首都圏でした。
まず、東京の都市化が進むことで気候にどのような変化があったかをシミュレーションで実験してみました。昔の土地利用のデータは、1900年とか1950年くらいの土地利用データを北海道大学の氷見山幸夫先生という方が、作られていました。それを見て「もしこれをデータとして入力して気候を計算すれば、当時の土地利用の場合と現在の土地利用の場合の変化がわかるのではないか」と考え、実験をしてみたわけです。これが一番初めに研究所で行なった研究です。
都市気候のモデルを作ったことで、筑波大学から博士号をいただきました。その後に一度アメリカに渡りまして、国立大気研究センター(NCAR,National Center for Atmospheric Research)というところに行きました。世界の気象研究所でもトップクラスの規模とレベルを持つ研究所です。そこでは、新しい気候の研究モデルを作ろうというプロジェクトがあり、そこに参加して、私が日本で作っていたモデルを新しい気候モデルに組み入れたわけです。
2年間の開発・研究をして、そのあとは日本に戻り、少し電力中央研究所で働いた後に、筑波大学に移動しました。筑波大学に行ってから、今所属している計算科学研究センターに配属になり、アメリカ時代に作っていたモデルを動かして都市気候の形成の解明や予測をしていました。
ただ、そのモデルはあくまでも天気予報や地域の気象・気候を予測・再現することが目的でしたので、対象が全米とか日本というように範囲の広いものでした。ですから、メッシュも1キロメッシュくらいを対象にしていたわけです。しかしそのままだと首都圏に対しては少々「粗い」ものになってしまいます。
もっというなら、東京23区にしては粗すぎるわけです。例えば、「都市全体で30%緑化したらどうなるか」とか「首都圏全体でエネルギー消費を30パーセント減らしたらどうなるか」という実験はできますが、「ここに木を植えたらどうなるか」ということはできません。そのため、筑波大学に来てからはもっと実際的な対策をとり、あるいはもっと細かい都市気候の形成メカニズムをやるためには、1キロメッシュなどでなく、1メートルや10メートルというような細かいメッシュのモデルにして、もっと具体的な問題に取り組みたいと思いました。
当時はそのようなモデルもなく、私は気候の専門家ですから、建物一つ一つの扱いなどには慣れていません。また1メートルメッシュで計算するとなると、当時としては莫大な計算量が必要で、もちろんそれは一人でできることではありませんでした。
そこで、チームを作りまして、私が気候の計算モデルを作り、建築の先生である名古屋大学の飯塚悟先生にお願いをして、ビル風などの建物について教えていただくことにしました。そして、本センターの朴泰祐先生は計算科学の専門家で、コンピューターシミュレーションモデルをより高速に計算する技術をお持ちでしたので、声をかけさせていただきました。3人でチームを作って、気象・気候の知識と建物の知識、そしてスーパーコンピューターの知識を合わせることで、高速な都市気候のモデルが作れるのではないかと考えたのです。
現在では、アメリカ時代に作った1キロメッシュのようなモデルと筑波大学に戻ってから作ったより細かい範囲を見ることができるモデルの2つを上手く組み合わせ、都市気候の形成予測の研究をしています。最初にアメリカで作ったモデルは2002年にできたものなので、そう考えるともう15年以上になりますね。筑波大学に来てからのモデルができたのは、2007年ごろでしたので、こちらも10年ほど前の話になります。
Q:近い将来、乗り越えていきたい課題は何でしょうか。
現在では、シミュレーションモデルによって細かい予測ができたとしても、計算結果が正しいかの検証や、または現実の世界がどうなっているのかを知るための観測自体を1メートルメッシュで行なうことはできません。どのようにして、シミュレーションモデルの信頼性を担保するのか、予測された様々な現象や仮説が本当かどうか実証するための観測・研究が非常に重要になるわけです。予測だけではなく、実証することも大事だということです。
その一環として行なっているのが、ウェザーニューズさんと行なっている、ドローンでの都市の気温観測です。これはほんの一例ですが、温度計や風速計をつけたドローンをたくさん飛ばして上手く観測できれば、非常に密なデータが取れるのではないかと考えています。これを筑波大学だけで行なうのは不可能なので、ウェザーニューズさんがちょうど同じようなことに興味を持っていたことから、一緒にやらせていただこうという形になりました。
産業応用については、例えばオリンピックやパラリンピックの際にどこが暑いのかを観測とシミュレーションで、事前に知っておくことが非常に重要だと思います。
他には、都市の気温というものが正確に予測できるようになると、エネルギー需要の予測もより正確にできるようになります。あとは、都市の気温や風が正確に計算・予測できれば、熱中症の予測についても精度が上がると言えます。どの地域にどのくらい救急隊員をスタンバイさせておくかなど、そういった部分に使えるのではないかと考えています。
Q:研究には、どんな学生が向いているでしょうか?
まずは自然に興味のある学生ですね。やはり「なぜ都市は暑いのだろう」とか、「山にはどうして変わった雲ができるのだろう」などというように自然の現象に対して、素朴な疑問や興味を持つ人が向いている気がします。また、そういった興味がない人であれば、社会への関心があるといいですね。
自然への関心や興味が大事なのはもちろんですが、「なんとか街をよくしたい」とか「少しでも熱中症の患者を減らしたい」などといった心持ちで取り組めば、社会に向けた研究ができるわけです。基礎研究と応用研究は常に両方行なっていくべきだと思っているので、自然が大好きな学生、あるいは社会をなんとかしたいと考える人に向いている分野かなと思います。
さらに言うなら、それらの基盤になるのは技術です。研究というものは、やはり技術あっての研究です。そのため、技術開発が好きな人にもいいかもしれませんね。誰も作ったことがないようなコンピューターシミュレーションモデルを作りたいとか、コンピューターのプログラミングソフトウェアが大好きだという人で、それをゲームなどではなく気象の予測ソフトを作ることに役立てるという学生も必要ですし、向いているのではと思います。
Q:企業との共同研究の可能性はありますか?
「より良い街づくり」が私たちの研究室の大きなテーマでもあるので、ゼネコンの研究所の方と一緒に共同研究をして、ビル風やヒートアイランドの研究など、都市の気象・気候の研究を一緒にやらせていただいたり、あとは天気予報の会社さんと一緒により良い予報システムの開発をするとか、様々な気象の予測精度を上げていく研究なども行なっています。
気象というものは、皆さんが思っているよりも生活に密着しています。天気によって経済活動も大きく変わってきますので、様々な企業が気象の情報や予測情報を欲しがっています。コンビニもそうです。東芝さんなどは電気メーカーなので、ゼネコンさんや天気予報の会社とは少し違う感じがしますよね。しかし、電気メーカーもスマートシティなどを意識しているので、エネルギーの効率化を進めるため、太陽光発電をしようなどと考えているわけです。そういった時に、気象の予測モデルというものは非常に役に立つツールであると言えます。それを学びにきたり、という感じですね。
Q:次の目標についてお聞かせください。
これからやってみたいことはたくさんあるのですが、一つは今まで首都圏の気候予測はWRFのモデルで計算し、都心の細かい気象や気候は、1メートルメッシュくらいのモデルを使って計算していました。実はこの両者がきちんと繋がっていないため、本来ならば両方を繋げるべきなのですが今はまだそこに至っていません。そのため、別々になっている2つの異なるモデルを融合させることが、一つ大きな目標になっています。
もう一つは、日本で培った技術や知識を、途上国に技術移転したいです。東南アジアのメガシティがものすごく今発展していますので、そちらに日本で開発したモデルを適用していって、東南アジアの気候形成の将来予測をしたり、あるいは対策に役立つような研究をしたいと考えています。
今は東南アジアの大学の先生方と協定を結んでいて、今は特にベトナムと一緒にやっています。ベトナムの先生方と一緒に、ハノイやホーチミンなどの都市気候の研究をしたりしています。
東南アジアになると、日本とは気候自体が違うので、全く違う気象現象が生まれたりします。まだまだよくわかっていないことも多いので、亜熱帯や熱帯の都市ではどのような気候や気象現象が形成されるのか、それがどんなメカニズムでなりたっているのかを調査していきたいですね。(了)
日下 博幸
くさか・ひろゆき
筑波大学計算科学研究センター教授。
1995年、筑波大学第一学群自然学類を卒業後、1997年に筑波大学大学院修士課程環境科学研究科を修了。修士(環境科学)。
1997年より、財団法人電力中央研究所環境科学部の研究員となる。2001年、同研究所流体科学部主任研究員を経て、2006年より筑波大学大学院生命環境科学研究科(計算科学研究センター)講師。
2011年より同研究科准教授を経て、2016年より現職。