植物の葉緑体にはまだまだ解明されていない謎が多く残っており、特に葉緑体の分解がどのように行なわれているかについては解明する余地が多い。葉緑体は植物の活動のなかで意図的に壊されることがわかっているが、そのメカニズムを解明することで、植物のエネルギー生産や成長の仕組みが明らかになることが期待されている。こうしたなか、植物細胞のライブセルイメージングや分子遺伝学解析を駆使した研究を進めているのが、東北大学学際科学フロンティア研究所の泉正範助教だ。今回は泉正範助教に葉緑体の分解研究についての基本的なアプローチをお話いただいた。
葉緑体が「壊される」要因を研究
Q:まずは、研究の概要についてお話しください。
植物は光合成という働きで二酸化炭素を吸って、酸素を出します。吸った二酸化炭素は糖やでんぷんに変わり、植物はそれを使って生きています。光合成は植物の中に多くある、葉緑体という小さい機械のような部分で行なわれています。その中で、葉緑体が細胞の中で壊されるという現象がどのようにして起きているかを研究しています。
例えば植物というと、緑色のものをイメージされる方が多いと思います。これは植物の中にある葉緑体が緑色であるため、そう見えているわけです。
しかし、植物がいつも緑色かというとそうでもなく、秋になると紅葉して枯れて葉っぱが落ちていく植物もあります。他にも日本人が馴染み深いものだと、田んぼもそうですね。夏の田んぼは緑色ですが、秋になると黄金色に変わっていきます。これは植物の中にあった葉緑体が壊されることによって、色が段々と変化していくわけです。
「葉緑体が壊れていく」というと聞きなれないかもしれませんが、実際は身の回りで普通に起きている現象です。葉緑体は、壊すことでその成分を小さく分割することができます。
葉緑体には様々な膜や大きなタンパク質などがぎっしり詰まっています。それらを取り壊して、アミノ酸などのレベルにまで細かくすると、別の場所に運び出すことができるようになります。稲の場合は、葉からそれらを運び出して穂に積み込んでいくことで、自らの子孫である種子を作り実らせていきます。それが私たちにとっての食料、主食である米になっているわけです。葉緑体が壊れる現象は食料生産とも密接に関わっているといえますね。
この仕組みをきちんと理解することができれば、葉緑体の分解をコントロールすることもできるかもしれません。例えばもう少し早く葉緑体を壊して栄養を上手く運ぶことでより高品質の収穫物が得られるようにしたり、あるいは壊れる現象を遅らせれば、葉緑体が光合成する回数を増やして糖やでんぷんがたくさん取れるようになるかもしれません。どう制御するのがベストかはケースバイケースですが、制御をしてより良い作物を作るためには、その仕組みをきちんと知らなければなりません。ここが研究の目標にもなっています。
葉緑体については、光合成そのものを行なう仕組みを中心に古くから研究が進められてきた歴史があります。もちろんまだまだ分からないことが残っていますが、例えば二酸化炭素をどのようにしてキャッチしているか、どのようにして太陽光を集めているか、などはよく分かっていて、それをベースに光合成をより高くしようとする応用研究が行われていたりします。
しかし、ロングスパンの現象、例えば葉緑体が1週間ごとに壊れていく変化についてなどはまだよくわかっていない部分がたくさんあります。
例えば、トマトは最初緑色でだんだん赤くなっていきますよね。これは最初にあった葉緑体が徐々に違う構造に変化して、赤い色素を持つようになっているからです。こういったメカニズムについてはよくわかっていません。
Q:研究においては、どういった体制や方式をとっているのでしょうか。
私の研究室は複雑で、たくさんの教授・准教授・助教がいます。私のグループは、私と大学院生が二人と、技術補佐員一人の4人体制でやらせていただいています。大学院生は二人とも生命科学研究科に所属しています。
研究室では、主に顕微鏡を使って葉緑体で何が起きているかを直接見ています。例えば光るタンパク質を葉緑体の中に入れて、それがどう動いていくか、どう壊されるかなどを条件を変えながら顕微鏡で見ていきます。
研究では主として「シロイヌナズナ」という植物を使用しています。シロイヌナズナは一般的に雑草といわれるものですが、基礎研究に多く使われている世界共通のモデル植物で、効率的に研究を進めることができます。その研究でわかったことを、稲などの作物で試しています。
現代は顕微鏡の関連技術の発達がものすごいものがあります。いま私が主に使っているのは共焦点レーザー顕微鏡というものですが、これはもはや当たり前の道具になりつつあります。とても綺麗な像が簡単に撮れるものや、ビデオ撮影のように速いスピードで画像を撮れるものなど様々な種類のものがあります。
さらに、光るタンパク質についても様々な色のもの、特に明るく光るものなどが開発され、ハードだけでなくソフト面での発展も著しいです。これら最新の技術を逐一自分の研究に取り入れていくようにしています。
Q:現在の研究に至るまで、どんな経緯がありましたか。
この研究を始めてから、約5年です。
東北大学の農学部を卒業して、そのまま大学院の農学研究科の修士課程、博士課程に進みました。その後は、日本学術振興会のPDに採用され、その時に今の研究室に移ってきました。その2年後に、学際科学フロンティア研究所の助教になり、現在5年目です。
最初は単純に植物が好きで、植物栄養学という研究室に入りました。ですから今の研究に出会ったのも実は偶然です。最初はドクターコースに進む気もなかったのですが、研究をやり始めてみるとすごく面白くて、オートファジーに出会ったのもこの頃です。2007年ぐらいですかね。「もっと深く研究したい」と思い、研究者を目指しました。
大学院生として始めた研究が今の研究の基礎になっています。ベースにあったものを発展させながら、その中で新たに見つけた現象やアイデアにも注目していく、という感じでしょうか。順調に研究が進んでいると言われることもありますが、自分としては今も思い通りにいかないことばかりです。でも、そのようなトライアンドエラーを繰り返しながら新しい現象や解決策を見つけていくのが研究かなと思っています。
大学院生の頃は所属していた研究室で、葉緑体がちぎられてオートファジーで壊されるよ、という経路があることがわかって、その研究をしていました。今では、この分解経路が、稲が体内で上手く栄養を運んでリサイクルするために重要であることまでわかってきています。
今の職を得てから、新しい視点から葉緑体の分解を研究してみました。自然の植物では、葉緑体はいつも厳しい環境にさらされていて、常に傷を受けていることが知られています。葉緑体は光合成をするために太陽光を吸収しますが、実は葉緑体にとって太陽光は「強すぎる」のです。特に日中の太陽光は、葉緑体が使いきれない量です。
そのため、葉緑体は光合成をしているものの、それと同時にダメージを負っていることになります。ダメージを負ったものが修復できない場合は、壊さなきゃいけないんですよね。修復するか壊すか。ですからそういう条件でも葉緑体が分解されるんじゃないかなと思って調べてみました。
さて、先ほどお話したように、最初私が見ていたのは、葉緑体がちぎられてオートファジーで食べられ壊されるという経路でした。しかし、葉緑体がダメージを受ける条件で「ちぎられる」様子をライブセルイメージングで観察してみたら、どうやら違うらしいということがわかりました。ちぎれるものが動いてるようには見えなくて、むしろ葉緑体そのものが、ごそっと丸ごと壊されてるように見えたわけです。
これは違う経路で動いてるのではないかと思い、様々な細かい解析を積み重ねていったところ、やはり葉緑体に太陽光のようなダメージが入って、壊れてしまった時には、壊れている葉緑体を丸ごとゴミとして捨てるような経路が動いていることが分かりました。この経路がクロロファジーです。クロロファジーが壊れた葉緑体をとり壊す役割を発見した成果になりました。
クロロは葉緑体の英語名から、ファジーはオートファジーから取ったものです。実はなんとかファジーというものは様々あり、ミトコンドリアの場合はマイトファジーなどと呼ばれています。
このようなオートファジー経路のことを、「選択的オートファジー」と言います。最近、動物などいろいろな生物で研究が盛んに行なわれている分野です。
例えば葉緑体を分解するとき、何でもかんでも壊していいわけではありません。故障していないものまで壊してはいけなくて、壊す必要があるのは故障しているものだけです。このように壊していいものと駄目なものを選別するのが、選択的オートファジーです。
そうすると、選別するための仕組みが絶対にあるということになります。例えば、壊れたものにのみ何か目印がくっつくことが想定されます。その目印の仕組みを解明することができたら、葉緑体の分解を上手くコントロールすることができるようになるかもしれないと思っています。例えば、この目印(=ほぼ分解OKのサイン)を無理矢理くっつけてやれば、葉緑体をどんどん分解させて、傷を受けていない葉とか、種子とかに積極的に栄養を積み込むことができるようになるかもしれない。そういうことが検証できるようになるまで研究を進められたらと考えています。
このような研究分野は、世界的に競争が激しくなってきていて、植物の選択的オートファジーとして様々な経路が見つかったりしています。葉緑体に関しては我々が世界をリードしてきていると思っているので、ここでさらに頑張っていきたいです。
特に選択のための目印の仕組みを見つけることにたくさんの人が注目しています。世界でもう一歩先に出られるように研究を進めています。
選択的オートファジーの目印を見つけるべく、挑戦を続ける
Q:次に乗り越えていきたい課題はなんでしょうか。
繰り返しになりますが、植物体内で葉緑体の分解を制御している役者、例えば今の話では目印がそうですが、それを見つけることが目下の課題です。誰も知らないものを見つけなければいけませんので。そこをクリアするため、現在は、たくさんの人の手を借りながら古典的な方法から新しい方法なども導入して様々なアプローチを設定しています。次の、世界で初めての発見をなるべく早く達成したいと考えています。
これを達成できれば、応用的な研究としても様々なことが試せるはずです。例えばクロロファジーを抑制したら、あるいは活発にしたら植物になにが起こるのか、とかを実際に調べることができます。このステージまで研究を進めて、私の行っている研究が産業の発展に役立つのか、という部分まで検証してみたいと考えています。
産業応用の話になりましたが、最近少しですが企業の方とお話しさせてもらう機会を持つことができています。私の研究手法に興味を持っていただけて、私が思ってもいなかった方向から一緒に仕事を進められないかというお話しをもらうこともありました。短期的に企業の研究に貢献できるかとなると、難しいことも多いかもしれませんが、お互い直接話してみないとわからないことがたくさんあると思いますので、少しでも興味があれば気軽にアプローチしていただきたいなと思っています。
Q:積極的に研究成果をプレスリリース発表されていますが、その狙いは何でしょうか。
今は、自分の研究をたくさんの人に知ってもらうことは大事なことだと思っています。
日本の基礎的な植物科学研究は世界的に見てもレベルが高いのですが、産業の発展に貢献できていないのではないか、という批判を受けることもあります。私は質の高い基礎研究が行なわれていることは素晴らしいことだと思いますが、その研究の意味や価値をたくさんの人に共有してもらうことも重要かなと思っています。自分はこういうことを目指している、その先にはこのような応用の道があるかもしれない、だからこういった研究をしている、という私たちの考えを発信していくことで、少しでも多くの人が研究者を見て、研究について考えてもらえたらいいかなと思っています。
プレスリリースの反響として、新聞や雑誌へ記事を掲載させてもらうことができました。今まで4回プレスリリースをしましたが、必ず何かしらの反応をもらえましたので、やってよかったなと思っています。企業の方から声を掛けてもらえたことも、最近のプレスリリースがきっかけです。
プレスリリースをしてみて、研究者でない方も研究成果を見てくれていることが分かったので、誤解のない範囲で、自分の成果を専門外の方にもわかりやすく説明することを心掛けています。
Q:最後に、今後5年の目標は何でしょうか。
葉緑体がどのように壊されるかはだいぶわかってきたと思っています。なので、今後は誰も知らないその仕組みを深く知っていきたいと思っています。 その成果を応用的な研究にもつなげていきたいです。(了)
泉 正範
いずみ・まさのり
東北大学学際科学フロンティア研究所 助教。
東北大学大学院農学研究科で博士課程修了後、日本学術振興会特別研究員PDを経て、2014年4月より現職。2015年にはイギリス、オックスフォード大学客員研究員を兼務。