生後間もない小児の肝臓疾患のなかには、治療に肝移植が必要となる難病がある。しかしながら肝移植には、提供元の肝臓数が足りないという問題がつきまとう。そこで一つの解決策となるのが、薬によって小児肝臓疾患を治療することだ。
そんななか、トランスポーターの機能が低下することで病気が起こるというメカニズムから、トランスポーターの機能を改善するべく新規薬物療法の開発を指向した創薬研究をすすめているのが、東京大学大学院薬学系研究科 分子薬物動態学教室の林久允助教だ。
林助教が取り組んでいるのが、すでに他の疾患で承認されている薬の中からターゲットとしているトランスポーターの機能を改善するような別の作用を持つ薬を探す「ドラッグリポジショニング」である。今回は林助教に、小児肝臓難病治療に必要な観点について伺った。
治療が困難なこどもの肝臓疾患の薬をつくるドラッグリポジショニング
Q:まずは、研究の概要について、お聞かせください。
私が主に取り組んでいるのは、こどもの肝臓の病気に効く薬をつくることです。こどもの肝臓の疾患は、小児科の中でも少ないほうです。しかし今取り組んでいる疾患は非常に重篤なもので、小児科の先生方と一緒にその疾患について国内の症例の実態調査や診断法・治療薬の開発に取り組んでいます。
国内の症例ですと、大体1歳半までにはみなさん肝移植をされています。生後間もなく肝臓の疾患が判明して、様々な方法を試しますが、効果的な治療法がないため最終的に肝移植をするわけです。
日本の場合は生体肝移植がメジャーですので、ご家族の肝臓を移植するということが行なわれています。一方で海外の場合は、生体肝移植ではなく脳死下での肝移植が主流です。小児の疾患だからということで優先されるわけではなく、それぞれの国のルールに則って移植されます。ただ、そうなってくると肝臓の絶対数が足りてこないので、薬によってこの疾患が治ることが非常に望まれているのです。
また、完全に治らなくても、病気の進行を遅らせることによって、移植の時期までブリッジングすることも大事になってきます。移植を受ける順番が回ってくるまでその子が生きていなければ移植にはたどり着けません。少なくとも最低限、そのくらいのレベルの治療法があることが好ましいです。
国内で最近あったケースは、お母さんから肝臓をもらえば大丈夫だろうということがわかったのですが、お母さんはその時に妊娠されていたため肝臓移植をすることができませんでした。国内の生体肝移植の場合においても、そういった様々な事情があるケースも出てきます。もちろん最終的には移植なしで治療できることが一番好ましいのですが、最低限ブリッジング、最高で移植なしで治療できるような疾患にできればと考えています。
Q:なぜ、この研究にいきついたのでしょうか。
私が所属する研究室は薬物動態を主な研究テーマとしています。私がこの研究室に所属した当初、研究室では、トランスポーターというタンパク質が薬物動態にどのように関わるのかを解明するための研究が精力的に行なわれていました。しかし私はトランスポーターを薬物動態という観点よりも疾患研究の対象として捉える方に興味があり、そこから現在に至っています。疾患を治すとか疾患を知るなどといった観点でトランスポーターを捉えたというところが始まりだと思います。
もちろん4年生で研究室に入り、最初に頂いたテーマで研究対象となったトランスポーターが、疾患の原因遺伝子だということがわかっていたのも、その背景にあると思います。まず「なぜ疾患が起こるのか」がわかって、それから初めてどういった治療ができるのだろうということがわかってきます。
私の研究はこのトランスポーターが、どうなると機能が低下し病気が起こるのかを研究するところから始まりました。その研究からわかったことに基づいて、薬の候補を培養細胞を使った実験などから探すことにしました。
いまお話ししている病気はこどもの遺伝性の病気で、頻度としてはかなり少ないです。欧米では5~10万出生あたりに1人の割合で発症する推測されています。企業が開発するとなると、仮に薬としての開発に成功したとしても、開発コストに相応する利益が得られず、ビジネスとして成立しないわけです。最近であれば希少疾患を対象にしている企業もありますが、当時は積極的に取り組んでいる企業はありませんでした。つまりできるだけコストを下げなければ、薬として最終的に開発することが難しいのだと気づいたのです。
そこで着目したのが、現在「ドラッグリポジショニング」という言葉で定着しているものでした。すでに他の疾患で承認されている薬の中で、今回私がターゲットとするトランスポーターの機能を改善するような、別の作用を持つ薬を探したのです。
薬を開発する過程では、実際に患者さんを対象に薬の有効性・安全性を検討する、Phase2という「臨床試験」を実施する前に、培養細胞や動物を使ってヒトにおける薬の安全性や有効性を検討する、「非臨床試験」に加え、健常者や患者さんを対象にヒトでの安全性の確認や、薬物代謝、薬物動態といったヒト体内での薬の特性を確認する、Phase1という「臨床試験」が必要になります。
既に承認されている薬を別の病気に対する薬として開発する場合、Phase2の開始前に不可欠であるこれらの試験のうち、「非臨床試験」に含まれる薬効薬理試験を除き、全ての試験をスキップできます。以前の開発の際に既に試験をしているわけですから。そうすると開発にかかるコストや時間も短くすることができますし、開発自体が失敗するリスクも下げることができます。
このような観点から、すでに承認されている薬を対象にトランスポーターの機能を活性化するような作用をもつ薬を探索したのです。その結果、実際に培養細胞レベルの実験でそういった薬がいくつか見つかってきました。
私が研究対象にしている臓器は肝臓なので、見つけた複数の薬の中から、ヒトに投与した後に肝臓に集積することが報告されている薬を選んで、動物実験を行いました。既に承認されている薬の場合、薬の体内動態に関するデータがあることも大きな利点であると思います。培養細胞でいくら良い効果を示した薬でも、ヒトに投与した場合に異常が起こっている臓器に到達しなければ、病気は治らないわけですから。
動物実験でトランスポーター活性を上昇させた薬については、その後3名の患者さんとご家族の皆さんにご協力を頂き、有効性と安全性を調べる臨床試験を実施しました。3名の患者さんはいずれもこの薬を飲み始めて半年ほどすると、血液検査の結果や肝組織の状態が著しく改善していることが確認できました。
「ドラッグリポジショニング」による薬の開発では、スキップできる部分はもちろん多いのですが、私自身は臨床医ではなく患者さんとの直接の関わりはなかったため、小児科の先生の協力を得て臨床試験を実施するところでは大変な部分がありました。小児の肝臓の学会などに参加し、培養細胞や動物実験から得たエビデンスに基づいて、「この薬をぜひ患者さんに使って欲しい」と発表をしていましたが、その当時私は全く研究実績がありませんでしたし、分野も異なる人間であったため、小児科の先生方から信頼を得るのに苦労しました。実際に患者さんを対象とした臨床試験を開始するまでのハードルが高かったですね。
動物実験で有効性を示すデータを得た段階で、この薬のライセンスを保有している海外の製薬企業に連絡し、企業主導での臨床試験の実施をお願いしたこともあります。企業が興味を持ち、「その薬効があるなら開発したい」というような話になれば、私が開発に携わる必要はないわけです。ただ企業側の回答は、「まずは臨床試験のデータを取って欲しい。その結果を踏まえて協力の可否を決定したい」とのことでした。そこで先ほどお話したように、小児科の先生方からの信頼を何とか勝ち得て、臨床試験を実施するしかないという流れになりました。
私たちの実施した全国実態調査から、日本の患者さんは平均すると1歳~1歳半くらいまでに移植していることが分かっています。しかし先ほどお話した臨床試験にご参加頂いた患者さんは、今現在もこの薬を飲み続けていて、移植を必要とすることもなく4~5歳になりました。普通のこどもと同じように元気に生活をしています。また私が書いた論文を参考に、海外からも「この薬を飲んで患者さんの症状がすごく良くなりました」という論文報告がいくつも出てきています。
このような知見から、私たちは今見つけている薬がこどもの肝臓難病に効くという自信を得ました。そこで通常医療の一環としてこの薬を肝臓難病に苦しむこどもたちに使えるようにするべきと考え、治験(国の承認を得るためのデータを集める臨床試験)を実施するという流れになりました。
開発コストの観点から企業主導の治験は難しく、研究者主導の形で治験を実施することとなりました。公的資金の獲得や、様々な書類の作成などに苦労するところもありましたが、多くの先生方からご協力を賜り、2016年11月にPMDAに治験届けを受理して頂き、治験を開始することが出来ました。
Q:現在の研究室での研究体制はどうなっていますか?
研究室で肝臓病を研究対象にしているのは、私と私が指導している大学院生2名、学部生2名です。
私たちが見つけた薬は治療効果を出すために、量をたくさん飲まなければならないのが難点です。これまでに実施した臨床試験では、別のこどもの肝臓病であったり、大人の肝臓病の一部にも有効な可能性を示すデータが取れています。しかし、飲む量が多いために、肝臓病由来の痒みがなくなるなど、自覚症状が速やかに改善する病気を除いて、臨床試験の途中で脱落してしまう方が多いです。そのため、この薬がどの分子に作用して効いているのかということを明確にして、より薬効が強い薬をつくれないかというチャレンジを製薬企業と共同で進めています。
スムーズな開発環境を実現するために必要なアクションをとる
Q:対象としている肝臓の疾患にはどのようなものがあるのでしょうか?
私がターゲットにしているのは、肝疾患の中でも肝内胆汁鬱滞という名前がついている病態を伴う疾患全般が対象になります。胆汁鬱滞が起きる要因としては肝臓の中に原因がある場合と、胆管が詰まって胆汁が流れなくなってしまう等、肝臓外に原因がある場合もあります。
現在私は、肝内胆汁鬱滞、つまり肝臓の中の原因により生じた胆汁鬱滞を改善し、胆汁の流れをよくするような薬をつくっています。ですから理論的には、肝内胆汁鬱滞が病気の発症、あるいは増悪の要因となる肝疾患であれば、程度の差はあれど、この薬により症状が改善すると考えられます。
しかし臨床試験を進める中で、この薬により胆汁の流れを良くしても病態が改善しない疾患もあることが分かってきました。このような疾患では、提唱されている病態発症モデル自体が間違っている可能性も考えられることから、今、学生と一緒に、この疾患がどのようなメカニズムで発症するのか、どのように病態が進行していくのかを明らかにするための研究を行なっています。
薬になるようなものはそう簡単に出てくるわけではないのですが、対象となる疾患がどのようなものかをしっかりと理解するとともに、その疾患に対してどのような治療を行ないたいのか、根治したいのか、進行を抑制したいのか、症状を軽減して患者さんのご負担を軽くしたいのかなどを明確にしないと、そもそも薬の開発方針が定まりませんし、薬が効いているかどうかの判断も難しくなると思います。
例えば同じ診断がついている患者さんでも、生後数ヶ月で亡くなる方がいる一方で、思春期まで生きることができる方もいるなど、進行の早さが違ったりします。その場合には、患者さんが早く進行するタイプなのか遅く進行するタイプなのか、そこがわかっていなければ、例え進行を抑制する薬を作ったとしても、臨床試験での評価は難しくなるということです。進行が早い患者さんが幼児期まで生存できれば薬の効果がありとなりますが、進行が遅い患者さんの場合、その時点では薬の効果は判定できませんよね。
診断がしっかりできて、その病気がどのようなものかがわかることによって、臨床試験で正しいデザインを組み、薬が持つ真の効果の評価が可能となり、開発の成功確率の向上に繋がっていくのだと思います。
私たちが治験の対象としている疾患は、国際的にも診断基準が曖昧で、治験を開始する前には、国内外の正確な症例数は分からず、患者さんが生まれてから肝移植に到る、あるいは亡くなるまでにどのような経過をたどっているかについても詳細な情報はありませでした。そういった背景が全くない状態から、全国の小児肝臓病を専門とする先生方にご協力を頂き、これらの情報を収集し、整理するところから始めていかなければいけなかったのが、この疾患を対象にして治験をする上で大変だった部分ですね。
Q:研究室にはいま、どんな学生の方がいますか。
現在、4人の学生の指導をしています。直接聞いたことはないのですが、私の研究に興味を持って研究室に来てくれたのであれば嬉しいですね。学生には2つ以上の研究テーマに取り組んでもらい、そのうち一つは臨床の現場への還元が見やすいテーマにしています。
これは私の経験談になりますが、肝臓が悪いと黄疸が出て、体が黄色くなるのですが、先ほどお話した薬を患者さんに飲んでもらい、体がすごく綺麗になったのを見た時に一番モチベーションが上がりましたね。自分の研究がどのような形で臨床の現場に還元されていくのかということをわかるようにすると、学生のモチベーションが上がると思い、このようなテーマ設定をしています。
研究は誰も解いたことがないことに挑戦しなければなりませんので、始めて直ぐに大きな成果を得られるわけではありません。うまくいかないことをどうやって考えて乗り越えていくかが必要になってくると思いますので、根気強く、忍耐力がある学生が来てくれると助かりますね。
Q:企業に対してどんなことを感じていらっしゃいますか?
現在私たちが治験により、こどもの肝臓難病に対する有効性、安全性を検証している薬は、他の病気の治療薬として国内外で販売されています。今回の治験では、この薬を国内で製造販売している企業からご協力を頂いており、治験で POC が確立した場合には、こどもの肝臓難病の薬として承認申請をすることもお約束いただいています。しかしこの承諾を得るのも様々な問題があって大変でした。
ご協力を頂いている企業はこの薬を国内で製造販売をすることはできますが、開発に関するライセンスを持っていません。そのため、大元のライセンスを持っている海外の企業がOKしなければ、この国内の企業は治験への協力であったり、追加効能の承認申請など、この薬に関する開発業務をすることができません。
当初、大元のライセンスを持っている海外企業との交渉は難航しました。ただその後、数度のM&Aを経て、現在本ライセンスを保有している企業は私たちの研究に非常に協力的で、この薬をこどもの肝臓難病の薬として日本で開発することを承諾してくださいました。海外との交渉を開始してから、承諾を得るまでに何年もかかり苦労しましたが、最終的にこの薬のライセンスが私たちの研究に賛同してくださる企業に渡ったのは、非常に運がよかったと思っています。
大元のライセンスを持っているところが開発しませんといえば、いくら効いても薬としての開発は困難です。元々ライセンスを持っていた会社が買収されて、次の会社に移って、という流れがなかったらおそらく今私はこの治験を始めていないと思います。治験をすることはできても、最終的に承認申請できないのであればやっても意味がないですから。
Q:最後に、つぎの目標をお聞かせください。
まずは治験をしっかり終わらせて、薬事承認に耐えられるようなデータセットを揃えたいですね。揃えたデータを企業に承認申請してもらう。それが、このつぎ数年のゴールだと考えています。(了)
林 久允
はやし・ひさみつ
東京大学大学院薬学系研究科 分子薬物動態学教室助教
2003年、東京大学薬学部卒業。2005年、同修士課程修了、2006年、同博士課程在学中、分子薬物動態学教室助手に着任。2012年、UCSF(米国) Visiting Assistant Professor。
2007年より現職。