「曲がるディスプレイ」という言葉が一般的になるなど、有機デバイスのあらたな開発が注目されている。そんななか、シート状のフィルムの上に大面積で簡単に製造ができる「柔らかい」デバイスを開発し、有機デバイスの医療・バイオ分野への応用を積極的に推し進めているのが、東京大学大学院 工学系研究科 電気系工学専攻の染谷 隆夫教授だ。
体に直接貼れるセンサーを発表するなど、実用化に向けて次々と注目の研究成果をあげている染谷教授に、研究の実用化と社会実装までに必要なことについて伺った。
大面積と曲げやすさをキーワードに有機デバイスを開発
Q:まずは、研究の概要についてお聞かせください。
キッチンラップやあるいはゴムシートのような、柔らかい素材の上に精密に電子部品を組み上げていくような研究をしています。
これらは有機デバイスの一種ですが、有機デバイスの特徴として重要な点が二つあります。一つは大面積、もう一つは曲げやすさ、つまり柔らかさですね。これまで、この二つを生かした新しい応用をずっと探索してきました。
従来のエレクトロニクスはシリコンを中心とした硬い素材からできており、これはガラスやシリコンのウエファーと呼ばれる板の上に、高密度に集積化されてできるものです。それと比べて有機半導体デバイスというものは、印刷プロセスのようなシート状のフィルムの上に大面積で簡単に製造ができます。
私はこの特徴を生かし、何か良いものをつくれないかと考えていました。
その結果、「ロボットの表面に膜のようなセンサーを貼り付ければ、人間に近い皮膚感覚が得られるのではないか」という発想にたどり着き、2003年頃から研究を始めたのです。
当時も、有機半導体を使った柔らかい回路の研究はありましたが、我々の研究グループ以外は曲がるディスプレイや、いわゆる電子ペーパー(E paper)と呼ばれる、曲がる薄いディスプレイの駆動回路として開発していました。当時から15年〜20年ぐらい経って、いよいよ2年前には韓国のディスプレイメーカーが曲がるディスプレイをスマートフォンに乗せるなど、本当の実用化がなされて大きく発展してきているという時期です。
ただ当時としてはそれが研究開発の主戦場で、皆がその研究をしていたわけです。そのような背景の中、大面積のセンサーの研究が開始されたことは、当時のディスプレイ研究と比べてこの分野にとって非常に大きなジャンプであったといえます。なぜなら、ディスプレイは表面だけを見るものなので、薄い・軽いということには価値がある一方で、曲がることに関しては必ずしも大きな価値があるとはいえません。
ところが人間の皮膚のようにロボットの表面を覆うということになると、ロボットの腕の可動部にセンサーを乗せるとか、あるいは複雑な顔の表面にセンサーを貼るということになります。固い板ではもちろんダメですし、紙のように単に曲がるという程度でもダメで、伸び縮みすることが必要になります。
この重要さに気づいてから、2005年には伸び縮みする皮膚のようなセンサーを世界で初めて試作して、原理実験に成功します。柔らかいセンサーを作るべく、我々は最初プラスチックフィルム上に作ったあとに、いらない部分にたくさんパンチングで穴を空け、みかんのネットのような構造をつくりました。ただプラスチックフィルムはメッシュ構造にしたからといって、四角い形が歪むだけで事実上伸び縮みするわけではありません。繰り返し動かすと壊れてしまうということで、さらに機械的な耐久性を高めるべく、ゴムシートの上に直接半導体デバイスを作りはじめるようになりました。
その目的で我々が作ったのが、「伸縮性導体」と呼ばれる世界でも最も電気を流すゴムでした。ナノテクノロジーやナノ材料を駆使して、問題にチャレンジしはじめたわけです。研究が進むことによって、配線だけでなく様々な電子部品がゴムシートの上に実装できるようになってきました。
ロボットの皮膚について研究開発をしていくなかで、軽量・薄型化が進みました。キッチンラップがだいたい10マイクロメートルなのですが、キッチンラップよりもさらに薄い1マイクロメートルという繊細なフィルムの上に、ガラスの上に作った半導体素子と同じような電気性能の素子を作ることができるようになってきました。
この辺りからはロボットの表面に貼り付けるだけではなく、体の表面に貼り付けて、生体情報を精度良く計測するというセンサーの開発が始まりました。
ただシリコンの素子というのは電気的な性能は高い一方で、大面積に展開するのが非常に苦手です。たとえばどこか一点に貼って、そこだけを見るのであればシリコンでも問題はありません。しかし人間の体は金太郎飴のように均一ではないので、例えばお腹が痛ければお腹のそばにセンサーを貼りますし、脳波を見るなら脳のそばに貼るのがいいのです。
また大面積に様々なセンサーをたくさん貼るなら、有機のように大面積にフィルム状に印刷でパッとできて、しかも柔らかいという素子が非常に魅力的です。
生体に接触して薄いフィルムを貼り付ける研究は、アメリカのグループが先に始めていました。その直後に我々はそれを大面積に展開して、有機の柔らかさを活かして様々な生体情報を計測するという研究を始めたのです。ここから、有機デバイスのバイオ医療応用の研究に発展していきます。
我々の研究室は応用を探索するという視点を重視しつつも、やはり大学においてボトムアップ的な、シーズ志向の研究という側面を強く持っています。基本的に電気的な性能を損なわずにいかに壊れにくく柔らかい素子を作るかが、我々の研究の重要な着眼点です。つまり伸ばしたり、引っ張ったり、よじったりしても壊れないものをどうやって作るのか。しかも電気的な性能が悪ければ、ほとんど応用もないわけです。
ですから、硬いガラスの上とかシリコンに作ったものと同じように、電気的にかなり高性能であることも重要です。材料的な側面や、あるいはデバイス、物理的な側面に検討を加えて、その問題を解決しようとしてきました。これにより電気的な性能が上がり、もっと伸びるようになりました。ロボットに皮膚を作るところから始まり、より体に近い生体情報を計測できるようになったわけです。技術がちょっとずつ進んで、応用範囲が広がってきたといえますね。いかに壊れにくく、柔らかい、伸び縮みするようなものを作るか。
これを例えば外部に論文や様々な形で発表すると、「こういう新しい素材を使って生体の情報センシングを行ないたい」とか、「ロボットのこういうことに応用したい」など様々な相談を受ける中で、応用分野を開拓してきました。
先ほど「薄いキッチンラップのようなもの」とお話しをしましたが、これがその後も発展していきました。フィルムを皮膚に貼ると確かに軽量・薄型で、装着時の不快感は硬いもの押し付けたときと比べると圧倒的に少ないです。しかし、薄いフィルムとはいえ通気性がないので、しばらく貼ったままにしていると蒸れたりかぶれたりする問題が発生します。それを解決するために我々はフィルム上の素子ではなく、より通気性のあるナノファイバーがメッシュ状になっているものを作って皮膚に貼るという手法を考えつきました。これなら通気性があるので、蒸れたりかぶれたりすることもありません。
実際にこれを慶応大学の医学部教授の天谷雅行先生のご指導のもと、倫理審査承認後に20人の被検者に対して生体適合性の評価を行いました。被検者には我々の通気性のあるものと通気性のないものを貼り付けて、1週間後の皮膚を比べてみたところ、通気性のあるもののほうが炎症の起こるリスクが圧倒的に減るという結果になりました。これを国際的な標準評価法で比較検討し、去年は学会でも発表しました。
最初は曲がるセンサーから始まって、先ほどお話ししたように様々な段階を経て生体適合性を試すところまできたというわけです。生体のことを考えれば、つけ心地が軽いほうがもちろんいいですし、たくさんつけるよりも1つだけのほうが楽ですし、蒸れたりかぶれたりしないものがいいです。
これらが本当にすべて実現されるものができて、安心して使えるような環境がようやく整ったところです。
今後は天谷先生含め、病院における有用性の実証を進め、あるいはさらなる応用展開していこうということで今もまだ研究がどんどん進んでいる状況です。
生体に負荷のないデバイスが、長期間のモニタリングを可能にする
Q:技術の実用化、応用についてはどのように期待されているのでしょうか。
実用の前に柔らかい素子で一体何が計測できて、どういう有用性があるかという例を増やしていきたいと思っています。そういう点で言うと柔らかいセンサーには装着時の不快感がないこと、また長期間計測できる可能性も秘めています。
例えば重いものや押し付けると痛いものは、ずっとつけていられません。特に固いものを押し付けると、一時的な痛みを感じるだけではなく、そのうち血流の障害があってその辺りが化膿し、褥瘡の問題など悪いことが起こってきます。しかし我々のセンサーなら装着時の不快感がないため、原理的にはつけていることすら忘れるくらい、つまり長期間見られる可能性があるというわけです。
似たようなウェアラブルデバイスは最近増えてきているわけですけれども、長期間見守れることによって特徴を出せるという分野が、将来のこの皮膚直接貼り付けセンサーの大きな応用分野として期待されています。
そのなかで大きく期待されることとして、長期間のモニタリングが考えられます。長期間かかって進行するようなものを微妙な変化を見逃さずにずっとモニタリングするのですね。慢性の心臓疾患や生活習慣病、糖尿病などは、ずっとモニタリングできる技術が重要な役割を果たします。病院に行った時だけの観察とか、あるいは一日二回とか三回とか、限られた回数ではなく、連続的に計測したい。
これらの病状のモニタリングを連続的に観察することの重要性は医学的な視点からも広く認識されているので、こういうものが入っていく可能性は非常に高いのではないかと思っています。これは大きく期待される分野の一つだと考えています。
もう一つ期待されるのは、装着時の装着感がないということで、スポーツ分野など運動している時にその運動と干渉せずに計測ができる部分です。 実際にこういったスキンセンサーは、世界のトレンドを見ると健康医療向けのセンサーとして研究も大きく発展してきています。
実用化、あるいは商用化という視点で見た時に最初に進みつつあるのは、スポーツフィットネス分野です。例えば伸び縮みするセンサーを服の中に入れて色々な体の動きを計測するとか、あるいは運動と干渉せずに汗の出ている総発汗量をモニタリングするなどですね。かなり大規模な実証実験が始まったり、一部商用化されたりしています。
また水に強いかということに関しては、様々なタイプのセンサーがあります。水につけても全然問題ないものもあれば、水分があるとよほど注意深い保護層がないと劣化してしまうものなど、ものによって様々です。中には簡単な保護膜をつけただけで、水がパッとかかっても取れたり壊れたりしないものもできてきています。
Q:これからの課題について感じていらっしゃることはありますか?
技術的な課題としては、信頼性を高めることが必要です。
我々が作る伸び縮みするセンサーの部分だけは確かに壊れにくくあるのですけれども、実際に計測をする時には、電源の供給をバッテリーで行なったり、あるいはデータの読み出しを無線チップで行なったり、これは硬いものでできていて硬いものと柔らかいものが混在するようなシステムになります。これを伸縮性ハイブリッドエレクトロニクス、 flexible HYBRID electronics と呼んでいて、硬いものと柔らかいものが混在したようなシステムになるわけです。そうなった時に、我々のカスタマーは全体のシステムで壊れてもらっては困るわけで、柔らかい部分だけではなく全体でも壊れにくくするということを、どのくらい完成度を上げられるかを追求しなくてはいけません。
これは大学だけで解決できる問題ではなく、産業界も巻き込みながらかなり大規模に開発が進んでいるところです。一部はそれでエンジニアリング的なソリューションも見つかって、伸び縮みするような部品がどんどん入りつつあると思うのですけども、こういったものをもっとできるだけやわらかさを保ちつつ壊れにくくするというわけです。
例えば薄型フィルムについても、分厚い保護膜をつけたら壊れにくくなると思います。ただ厚くしたらせっかく薄く作って伸び縮みするようにしているのに、固いものと変わらなくなってしまいます。基本的に柔らかさと電気的な性能、壊れにくさや安定性というものはトレードオフの関係にあります。
柔らかさを維持しながら電気的にも高い性能で、全体としても壊れにくく信頼性が高いものを作るということに関しては、まだ様々な課題があります。これを一点ものの工芸品のように非常にコストのかかる、手間暇のかかる手法で作るのではなく、大量生産にむいて品質保証ができて、ちゃんと低コスト化できるというのがある意味次の産業化の課題に繋がっていくわけです。これを実現していくということが、産業上非常に重要な課題です。
着ただけで色々な生体情報をセンシングするものは商業的にもいくつかの商品がすでに出てきていますから、その意味ではもうすでに実用化が始まっているといえるでしょう。しかも予想を上回るスピードで伸びてきているといえるのではないかと思っています。
まず、スポーツ分野においてとか、ゲームの分野とか、エンターテインメント分野から実用化が進んでいます。当初我々が目標としてきたような装着感なくずっと生体の情報をモニターして、慢性疾患や人間の本当の幸せに貢献するような部分にまでたどり着くという点からすると、それはまだ医療分野における本当の入り口に入るか入らないかのところなので、今後しっかりと消費者の手に届いて有用性が実証されるにはまだ5年とか10年という、ある程度の長い期間が必要かもしれません。
私の研究室の技術をもとにスピンオフした企業として、2015年の11月に創業を開始したXenoma社があります。テキスタイル型で20点のセンサーを服の上に入れて、これをひずみセンサーからのデータを外に呼び出して、テレビカメラなどはなしでモーションキャプチャーするという技術に応用しています。Xenoma社は今年2月に、ドイツのヒューゴボス社と共同でゴルフのウェアへの応用に関する発表を行ています。ゴルフコースでスイングすると、モニターできるというウェアですね。このように、様々な活動が進んでいます。
その他、例えば東レとNTT ドコモは「hitoe」という商品をつくりました。これは服の上に心電を計測するセンサーが入っていて、着るだけで医療グレードの心電波形が取れるというものが売り物になっています。全部百発百中で成功するというわけではなく、さまざまなものが出たり、いいものもあるでしょうし、そうでないものも出てくるというような大規模な活動がもう始まっていると言えるのではないでしょうか。
Q:研究室にはどんな学生が入ってこられますか。
人数で言うと、東大だと修士の学生は一学年で最大2人、修士2年間で4人ほどですね。その中の二人のうちの一人ほどが博士課程にいき、博士から毎年1名、または2年に1名ぐらい採りますので、各学年だいたい2人ぐらいいるかいないかぐらいですね。全体では10人程度です。
私は工学系研究科の電子工学専攻に所属していますが、ここの専攻に来る大学院生というのは、基本的に電子デバイスあるいは電子素材、エレクトロニクスに興味がある人が中心です。エレクトロニクスの従来の主流と言うと、シリコンを使った高集積化素子でした。それはそれで重要な分野であり続けてはいるけれども、半導体がこれだけ大きく発展してきて、さらに応用分野も多岐にわたるようになってくると、ロボット、AI、IoT、あるいは先ほどのヘルスケア応用とか、あるいは硬い素子だけでなく柔らかい素子もいよいよ実用化のフェーズを迎えるにあたって、新しい分野に半導体を使ってチャレンジしていこうということに興味を持っている大学院生がたくさん入ってきます。
Q:この分野の研究には、どんな学生さんが向いていると思いますか?
この分野における最大の特徴というのは、学際色の強さです。
我々がやっているこの柔らかい素子の生体応用というと、新しい材料・素材の知識が要りますし、半導体デバイスやエレクトロニクスの知識も要ります。それから「柔らかい・曲げられる」ということになってくるとメカの知識も必要で、それをプロセスで大量に作る時には新しい装置の知識も必要です。さらにこれがバイオ応用にいくと、当然医師との共同研究もありますし、バイオの研究者との共同研究もあります。
さらに社会実装していくにあたって、新しいもののネガティブな側面に注意しながら、良い面を伸ばしていこうとしたときには、理系の知識だけでかたがつく話ではないわけです。半導体の原理だけがわかっていてもフロンティアが開拓できるというわけではなくなるのですね。自分の得意分野だけに留まっていると、共同研究などが大きく発展しません。その意味で、こういうところはやはり自ら異業種の連携を積極的に楽しめるようなスピリットがないとうまくいかないですね。
Q:どんな企業と組みたいですか?
企業についても共同研究の話と同じように、素材のパートナーもいれば半導体のパートナーや、応用のパートナーも必要です。ある意味こういう大学のような場所を核にして、いい情報を共有して、目的意識をシェアして、いいエコシステムを作っていくということが大事だと思います。
そういう時に企業側がエコシステムを上手く作っていくまで、新しい分野をみんなで協力しながら作っていこうというような心持ちでやっていくと、良い関係が築けると思います。しかし、まだ分野ができていく前から自分たちの分け前はどうなるのかを気にし始めてしまうと、なかなか上手く新しい分野を切り開いていく関係ができにくくなります。
その意味で、もっとオープンマインドでできること、皆で協力しながら新しい分野を起こしていこうという精神論の部分、その心意気でやっていけると良いですね。(了)
染谷 隆夫
そめや・たかお
東京大学工学系研究科電気系工学専攻 教授
東京大学工学部電気電子工学科 教授(兼担)
1992年、東京大学工学部電子工学卒業。1997、東京大学大学院工学系研究科 電子工学専攻 博士課程修了,博士(工学)。
1997年に東京大学生産技術研究所 助手となり、東京大学生産技術研究所 講師、東京大学先端科学技術研究センター 講師を経て、2001年より日本学術振興会海外特別研究員(米国コロンビア大学化学科・ナノセンター 客員研究員)となる。2002年より、東京大学先端科学技術研究センター 助教授となり、2003年東京大学大学院工学系研究科 助教授、2008年より同准教授。
2009年より現職。
2011年からNEDO事業「次世代プリンテッドエレクトロニクス材料・プロセス基盤技術開発」プロジェクト研究開発責任者、2017年より科学技術振興機構 戦略的創造研究推進事業(ACCEL)「スーパーバイオイメージャーの開発」研究代表。