車の渋滞を解決する「渋滞学」という学問が注目されている。様々な場所に現れる「渋滞」現象のメカニズムを物理学的な視点から研究しているのが、東京大学先端科学技術研究センターの西成 活裕 教授。車の渋滞に限らず、人、アリ、物流からインターネット、そして生体内などの流れが不安定化する現象を一種の相転移現象として扱い、理論・シミュレーション・実験や観測など全般的に取り組む西成教授に、「渋滞学」学問の面白さと可能性について伺った。
数学や物理の手法をベースにあらたな学問を創造
Q:まずは、基本的な研究の概要についてお聞かせください。
「渋滞学」は、15年ほど前に私が独自に命名したもので、それまで10年以上にわたって取り組んできた様々な渋滞研究をまとめた学問のことを指しています。ふつうは渋滞と聞くと、多くの人は車の流れを思い浮かべると思います。しかしよく考えれば車だけではなく、人が混雑していることも広い意味では渋滞といえます。また、物流など工場の中でモノを流していく場合であれば、何かが溜まっていたり、在庫や売れ残りなどもあるでしょう。
このように、「車ではないが、これも渋滞ではないのか?」と考えたとき、私の世界は一気に広がりました。車に限らず、様々な社会的な流れの中に起こる渋滞を研究してみようと思ったのです。
もともと私は、流体力学の研究者として、大学院博士課程から水や空気の流れなどについてずっと研究していました。自然の流れについての研究ですね。しかし、よく見てみると社会にも流れがあって、それが淀むのは渋滞しているということだと思い至りました。「今までの理系の知識を、社会科学の流れに適応したら面白いのではないか」という考えから生まれたのが渋滞学です。ですからその対象は社会の流れ、すべてといえます。
水や空気を研究していた時と同じような数学や物理の手法を投入して、今までありとあらゆる流れについて研究してきました。そのため、応用思考から始まった研究といえますね。
多くの人は、車の渋滞がなくなってくれればいいのにと思っているでしょう。ではどうすればなくせるかという話になりますが、もちろん道をつくったり広げたりするなど渋滞を解消する方法はたくさんあります。しかし物理や理論系の人の発想はそうではありません。なるべくお金をかけずに、ちょっとしたことで何かできないかを考えます。
私が熱心に取り組んだ研究の一つに蟻があります。観察しているうちに発見したのですが、蟻の行列には渋滞がありません。ある程度混んできても速度は一定に保たれていることを見つけました。では、蟻の行列がなぜ渋滞しないのか。実は、蟻は混んできた時でも基本的に車間距離(蟻間距離)を詰めません。
例えばこれが人間なら、早く進みたいがために車間距離をどんどん詰めてしまいます。詰めて詰めて、結局最後には動けなくなってしまうのです。一方で蟻は、約7割ぐらいの密度まで混んでくると、距離を詰めなくなります。これを私たちは自然の観察で発見したのです。車の場合も同様に、混んでしまっても車間を少し空けておけば、渋滞を未然に防げるのではという考えに至ったのです。つまり、本来空けるべきところを詰めてしまう。逆の行動をとってしまいがちというわけなんですね。混んできた時こそゆっくり進むべきなのではないかと考えたのです。
これに注目し、実際に車を走らせて道路で実験をしてみることにしました。その結果、条件が上手く合えばゆっくり進んだほうが目的地に早く到着するということがわかったのです。これは全くお金をかけない渋滞解消法といえるでしょう。車の従来の発想とは逆に、数学の原理・原則からすると、早く進もうとして渋滞を起こしてしまうよりも、ゆっくり進んで渋滞を起こさないほうが、最終的に早い時間で到着できるということを発見しました。まさに「急がば回れ」状態を数学的に証明できたと思っています。これは蟻から教わった知恵で、渋滞学の根底に通じる「渋滞ソリューション」なのです。
このようにバッファをとっておいたほうが、トータル的に見て効率がいいとわかり、このアイディアは今では車や人、物流ラインなど様々な場所で生かされています。
例えば工場の生産ラインでも一生懸命頑張って稼働率をあげていましたが、わざわざ稼働率を下げてみたところトータルでできる商品の総量が増え、数億円プラスになった企業もあります。これは私の事例の中でも一番いいものだったと思いますが、ベースの単純な発想から、意外にも別の分野にソリューションが広がっていきました。
一般の経営者には思いつかないような逆転の発想で、私たちは渋滞を解消してきたのです。距離を空けることは、数学や物理など理系の考え方からするとごく当たり前のことです。詰めると密度が上がって速度が落ちるという、単純な原理に従っただけなのですからね。といっても、口で言うと簡単なことですが、これを見つけるのには14年かかりました。シミュレーション、実験、難しい数学の理論などを全部やって、結局最後に出た答えがこれだったのです。
「困っているのだが、どうにかできないか」と相談がきたら私が実際に出向いて、国や企業さんと半年〜1年、長い時なら3〜5年やることもあります。時間をかけて現場の「渋滞コンサルタント」をやっているというわけです。私はじっと大学にいる研究者ではなく、現場を飛び回って改善していることが多いです。
Q:今までで一番苦労した研究は何でしょうか。
特に苦労するのは、大規模な渋滞実験をするときです。道路で実験するなら、関係各所に許可をもらわないといけませんからね。
たとえば、成田国際空港の入国審査。海外から帰ってくると、日本人の入国は早いのですが、外国人の場合は20分くらい並ぶこともあります。待つ時間をどうにかできないかということで、5年くらい成田国際空港と一緒に取り組みました。飛行機が空港に到着した後に搭乗客は入国審査のカウンターまで歩いて並ぶという流れですが、その審査カウンターをいくつ開けたらいいのかという最適化が必要でした。
このとき、降りてくるお客さんの数に合わせて係員の人数を最適化する、これが最初からできれば効率もいいですし、お客さんを待たせる時間も少なくなります。従来は、このような方法はとっておらず、カウンター前に乗降客が多くなれば増やすという後手後手の対応になっていました。これを改善すべく、到着者をフライトスケジュールなどから当日朝の時点で計算できるようにして最適化のプログラムをつくりました。すると待ち時間が減り、審査員も効率よく仕事ができるようになったのです。
車の流れ、人の流れ、物流の3つをスムーズにする
Q:現在の研究にいたるまでの経緯をお話しください。
ドクター時代は数理物理学を中心に普通の研究をしていたんです。いわば物理や数学の王道をやってきたのですが、ある時から面白くなくなってしまいました。例えば流体は200年以上前の学問で、当時の若い私が何か新しい事をやろうとして先生に持っていくと、それは150年も前に研究がなされていたり、ということもありました。「自分は何をすればいいのか…」と悩み、流体力学だと自分は何も発見できないのでは、という焦りがありました。しかしせっかく流体や流れの勉強をしてきたので、別の分野にいくのではなく、同じ「流れ」でも社会的な「流れ」について研究してみてはどうだろうと感じました。ドクターの真ん中ぐらいから分野を一気に変えることにしたのです。
といっても、最初は大変でしたね。例えば数学を使って渋滞の研究をする場合、数学会に行くと「これは数学じゃないよ」と言われます。では工学系の学会に行くと「これは数学だよ」と言われてしまうのです。つまり発表の場所もなく、予算ももらえない。誰にも認められないし、あいつは何をしているのかと言われるような、ジリ貧の7年間が待ち受けていました。本当に大変でしたね。
そしてこの時の「なにくそ!」という思いが、今でも研究の原動力になっています。日本は新しいことをする時に風当たりが強いです。新しいことをやってみようとしても、周りに理解されなければ誰も相手にしてくれないのです。
とはいうものの、やはり日本は捨てたもんじゃないとでも言いましょうか、新しいことに対する風当たりは強いですが、「続ける」ということに対しての評価がきちんとされる国でもあります。最初は誰にも相手にされなかったことでも、続けていくうちに一人二人と味方が出てくるのです。
対象がふつうの物理とはちょっと違うだけで、私はきちんとシミュレーションや理論計算もして、まともに論文も発表していましたから、そうしているとだんだんと味方が出てきます。次第に企業から「今、在庫の問題で困っているんだよね」とか、自治体さんが「道路を新しく作ったのに、なぜか混雑するようになってしまって困っている」というように、何かいい案はないかと聞かれるようになってきたのです。
またあるときに新聞記者が私のところに来て、「先生、ある物理の課題があるので解説してくれないか」と頼んできました。私の知り合いの物理学者から「その問題は西成先生に聞きなさい」と言われたのだそうです。記者に一生懸命解説をしたところ、帰り際に「ところで、先生は何の研究をなさっているのですか?」と聞かれたのです。そこで私の研究している渋滞学について説明してみると、そちらの方が面白いからぜひ記事にしましょう、と言ってくれたのです。
そのあと、お盆の時期に人と蟻の渋滞の話が新聞に載ることになり、それをきっかけに皆が興味を持ってくれました。新聞が出た次の日には、出版社から出版のオファーがあり、結局『渋滞学』というタイトルの本を執筆しました。本を出したあとは、出版賞を2つももらって、テレビのオファーも殺到しました。人生が変わったと言ってもいいくらいですね。
それまでは学会に行っても総スカンで、ひどい時には私が立った瞬間にみんなが帰ってしまうこともありました。しかし全く同じ内容の発表でも、今は招待講演で呼んで頂くことがとても多いです。ちょっと複雑な気もしますが、あるきっかけから大きく私の環境は変わったのです。この経験から、新しいことを始めることの大変さと面白さ、その両方を理解できたと思っています。
Q:現在の研究体制はどうなっていますか。
渋滞学コンサルタントはなかなかすぐにできるものではありませんので、企業の課題の相談は基本的に私一人で行っています。私が受けて、准教授や特任の講師、助教らによるアカデミックスタッフ、そして時には大学院生に振り分けます。プロジェクトベースで常に10前後のプロジェクトを同時に進めています。全部で7、8人のスタッフがいるのですが、テーマごとに手伝ってもらっています。
世界中にも国際会議で知り合った研究仲間がいて、「車のこの部分の研究はあの人」とか「人のこの流れについてはイタリアのあの先生」というように連携して進めています。渋滞学を始めたのは私ですから、その意味ではトップというよりもオンリーワンだと思っています。海外での反応というと、「変わった研究をしている面白いおじさん」みたいな感じですかね。数理物理学とか理論系に基づいて、ちゃんと社会の役に立てるような研究をするマルチな先生は実は海外にも結構いるんです。応用数学という分野ですが、数学を社会に応用する応用数学とか応用数理という分野の国際会議がメインです。日本にはなかなかそういった大学の組織そのものが極めて少ないです。数学は数学で純粋、応用は応用で工学と分かれてしまっていて、その中間がないわけです。その点、海外にはその中間層の学部や先生がたくさんいます。私はその層と相性がいいので、海外の人たちとの付き合いが多いですね。
Q:次に乗り越えたい課題は何でしょうか。
現在はちょうど、三つの柱を軸にして研究を行なっています。先ほどもお話ししましたが、車の流れ、人の流れ、物流の3つです。この3つの社会の流れをなんとかスムーズにしたいというのが、私の夢です。
その中で出てくる課題が「人間」です。人間ではない粒子の運動は物理学を用いて扱えますが、人間には「心理」があります。車の話なら、車線変更をいつするかを考えた場合、いつするという前に「したくなる」のです。ではどんな時にしたくなるのかという話になってきますが、そこに完璧な理論はありません。自分は早く行きたいのに前の車が遅い時に車線変更する人は多いかもしれませんが、全員が同じとは限りません。人によってばらつきがあるような事柄を科学でやるのはかなり難しいといえます。
しかし人間を相手にするわけですから、そこまで踏み込まないといけないのです。ですから理系の知識だけでは解決できないですね。朝の混雑にイライラするというように、感情が入ると歩行速度も変わってくるでしょう。あとは人に道を譲る、譲らないという心の余裕もそうですね。「流れ」はこういった人間心理も含めたものなのです。これはノーベル賞級の課題といってもいいくらいだと思います。研究では、こういった部分の壁にいつも直面しますね。
技術的な課題についていえば、データ面の課題もありますね。今流行りの人工知能は、データがあると様々なことができます。確かに車や人のデータは今社会にはたくさんあるのですが、活かしきれていないのが現状です。各部分のデータがあるだけで、それぞれが結びついていません。
例えばA社、B社、C社それぞれがデータを持っていて、それを結びつけることができればものすごく最適な流れを設計できるはずです。しかし、ほとんどのデータはそうなりません。会社同士がライバルだったり、プライバシー保護の観点から見せられないというように、様々な制約があるためにせっかくのデータが結びつかないのです。
現代では携帯電話によって自分が今どこにいるのか、だいたいわかるようになっていますよね。その情報を鉄道や車の走行データ、そして航空機の運航データなどと結びつければ、人口流動が一気に見えてきます。しかし、携帯電話の情報や車のETCの情報はプライバシーがあるから出せないとか、駅での人の乗降データもあるけれどなかなか出せないのです。
もしこれらの情報をまとめて解析する人がいれば、最適な移動システムを作ることもできるでしょう。やはりこれからの課題は、データのオープン化と連携だと思いますね。それをうまくやっていくことが今、政府の戦略として求められています。
政府もオープン化については様々な業界に圧力をかけているようです。先日、警察の方と打ち合わせを行なったのですが、信号機とか警察が取っている道路の交通量のデータを開示しようとする動きが進んでいるそうです。もし本当にこの話がまとまれば、混んでいる道をリアルタイムで把握できるようになりますから、物流業者にとっては効率が上がることになります。データは様々なことに使えるのです。
今後、データをやり取りする市場が必要になると思います。もし日本がこのままであれば、世界でも負けてしまうでしょう。グーグルやアマゾンは購買データやスマホのデータを持っています。商流や物流を抑えているわけですから、これはかなり強力です。
日本は縦割りで個別にやっている場合ではなくて、協力していかなければ負けてしまうよ、ということを、私は今様々な企業や業界団体に話しています。
Q:研究室の学生にはどんなことを伝えていらっしゃいますか?
私から学生に伝えたいことは、「様々な分野に興味を持ってほしい」ということです。私はたびたび「これからの時代、専門バカはダメ」と言っています。もちろん専門分野をやる人は必要です。しかし私の経験では、現代の課題で一つの分野の知識だけで解ける課題はほぼありません。
例えば、環境問題の専門家という人はいません。環境問題は様々な事柄が複合していますから、それを見通せる人でなければならないのです。ですから何か一つの分野を深堀りするのも大事ですが、それだけでは使いものにはならないと伝えています。
Tの字でたとえるなら、下に向かって掘るのも大事ですが、横に伸びていくことも同じように大事なのです。
従来の大学は、下に掘っていく人を大量生産しすぎていました。こういう人が「専門バカ」になりやすいです。お方、掘り下げずに広く浅い知識しかない人というのもよくないです。こちらを私は「クイズ王」と呼んでいます。専門バカでもない、クイズ王でもない、両方の知識を身につけている人がこれからの社会問題を解決できる人だと考えています。そのためにはありとあらゆる分野を勉強してほしいですね。
東大には勉強ができる人がたくさんいて、そういう人は様々な分野について自主的に勉強しています。空いている時間で今日は文学部、別の日は理学部というように、全部の授業を取ってしまおうというスーパーマン生徒も実際にいます。そういった生徒がどんどん育っていって社会に出ると大活躍するのです。
私は週に1回ゼミをやっていますが、その度に数学者を呼んだり、ベンチャー企業の社長を呼んだり、ありとあらゆる人を呼んで学生を幅広く刺激しています。
Q:企業との連携も多いと思いますが、企業に期待することはありますか?
企業とはかれこれ、100社以上と関わってきています。
私は基本的に、1対1の時代はすでに終わっていると考えています。例えば、私がA社と1対1で共同研究をすることになり、それとは別にB社とも共同研究をすることになったとします。すると両方の研究内容がお互い補い合うような時があるのです。その研究をもし三者で行なえば、もっといいものになると考えるわけですが、機密保持がかなり厳重ですからそれはできません。
中には上手く提案して結びつけたこともありますが、やはりこれからは企業自体がオープンイノベーションを積極的に推進していくべきだと思っています。
昨今、企業は「オープンクローズ戦略」と言い続けていますけれども、オープンにするところはプラットフォームを作って共通化するなど、「競争」と「協力」をきっちり分けていくべきだと思います。協力すべきところでも競争しているため、日本は負けてしまうのです。企業同士の連携をもっと強めて、協力すべきところはもっと協力すべきです。そうしなければコストが低い中国に負けてしまいますし、欧米のスピードにもついていけないでしょう。
Q:今後、研究で実現していきたいことを教えてください。
日本にとって高齢化は深刻な問題になっています。日本は世界中で見てもトップランナーです。今後3人に1人が高齢者という時代になった時に、日本はどうなるのか。私は今高齢化社会での幸せについて考えています。
私が貢献できるのは、高齢化社会でのモビリティです。つまり、いかに安全・安心に、スムーズに移動するにはどうすればいいか、自分の思うように動けることは人生の幸せだと思うのです。日本の他にはイタリアやドイツも高齢化が進んでいる国です。この三者で今、高齢化社会の将来のビジョンについて研究しています。
例えば、私たちの脚が動かなくなって買い物に行けなくなってしまったら、今はドローンが空輸をしてくれるサービスもあります。こういったことをもっと組織化して、僻地にも物流が届くようにしたいと思います。また、自動運転車は都会では難しいかもしれませんが、山間部であれば誰かが急に飛び出してくることはほとんどありません。そういったニーズのあるところに投入して、より良い社会に貢献していきたいと考えていきたいですね。(了)
西成 活裕
にしなり・かつひろ
1967年東京都生まれ。東京大学大学院工学系研究科博士課程修了、博士(工学)の学位を取得。その後、山形大、龍谷大、ドイツのケルン大学理論物理学研究所を経て、現在は東京大学先端科学技術研究センター教授。ムダどり学会会長、ムジコロジ―研究所所長などを併任。専門は数理物理学。様々な渋滞を分野横断的に研究する「渋滞学」を提唱し、著書『渋滞学』(新潮選書)は講談社科学出版賞などを受賞。2007年JSTさきがけ研究員、2010年内閣府イノベーション国際共同研究座長、文部科学省「科学技術への顕著な貢献 2013」に選出される。日本テレビ「世界一受けたい授業」に多数回出演するなど、多くのテレビ、ラジオ、新聞などのメディアでも活躍している。