IoTデバイスやウェアラブルデバイスの普及にともない、これまで活用されてこなかった小規模な熱エネルギーを電気エネルギーに変換する「小規模な熱電変換」に注目が集まっている。小規模な熱電変換は、熱の温度差を利用して発電するため環境にやさしくクリーンな発電技術として注目されているが、これを実用可能にするべく材料と素子の研究に取り組んでいるのが、名古屋工業大学 大学院工学研究科 電気・機械工学専攻 電気電子工学分野 の岸 直希准教授である。
今回は岸准教授に、有機系熱電変換材料と素子開発の可能性と課題について話を伺った。
環境のエネルギーを活かした小規模発電
Q:研究の概要を教えてください。
環境にあるエネルギーを活用した「環境発電」を研究しています。
環境発電というのは、使おうとしてるところの周りに存在している、何かしらのエネルギーを利用した発電のことを指します。
分かりやすいのは、光です。光で発電といえば、太陽電池がまず出てくると思います。屋根の上にある、家庭用の太陽電池です。発電に利用できる光としては屋外の太陽光だけではなく、私たちの生活空間の室内の照明の光もあります。太陽ほどは明るくないものの、「光」のエネルギーではありますから、これも発電が可能で、光による環境発電といえます。
さて、発電というと、どうしても規模の大きい発電がイメージされると思います。家庭用の電力や工場を動かすための電力など、大きい規模の電力です。こうした「大きな発電」に対し、当研究室で取り組んでいるのが、発電でももっと「小さい」電力の発電です。
環境発電で発電できる電力は、大きくはありません。ただ、身の回りの電力で、なおかつ小型のもので発電できると使い道としてある、という技術です。かつては、発電電力が小さい発電は、あまり使い道がありませんでした。最近は、その小さい電力でも用途が出てきた、という状況です。小さい電力でもいいから小型で使い勝手のいい電源なら使いたい、というニーズが出てきているということです。
使い道として例えば、近年注目されているIoTがあります。この先、たくさんのセンサーが様々なところに付けられ全てがネットワークにつながる時代が来るといわれています。ここでネックになってくるのが、センサーなどの電源の確保です。センサーの数が少ないときは一つ一つに配線するか、電池など何か別の方法で電力を供給すればよかったのですが、本当に数が増えると、配線や電池の取り替えが困難になります。そこで、身の回りの環境のエネルギーを使って、それで発電するということができれば解決できるかもしれないということです。
IoT以外では、健康管理のヘルスケアのデバイスがあります。人間の体に何かしらの健康管理のデバイスを着けると、同様に電源の問題が生じてきます。大型の電源をつけたり、配線してケーブルで持ってくるとなると、煩雑です。結局、煩雑なものを体に着けるとなると身に着けること自体が抵抗になり、ユーザー側から見て使いたくないものになります。この場合も電源も含めて、身に着けやすい形になっていることが要件です。そこで、使い勝手の良い小型の電源として身の回りの熱で発電をする技術が、電源の候補の一つとして出てきます。
Q:具体的には、どういう熱エネルギー源を想定されていますか。
身の回りには、触ってみると暖かいと感じるところが多くあります。健康管理のデバイスであれば、体温を熱源にできるとベストです。IoTのセンサーであれば、そのIoTセンサーを付ける周辺の熱が使えます。熱のエネルギー源をこのように考えていくと、身の回りでエネルギーを確保できる場所は案外たくさんあるといえます。
熱のエネルギーを電気的エネルギーに変換するときに使うのが、熱電変換材料です。熱電変換材料に、熱いところと冷たいところというように温度差をつけると、電圧が発生し、それを発電として使うことができます。
この熱電変換材料は大きく分けると「無機系」と「有機系」の2種類があります。このうち、私のほうで取り組んでいるのが有機系の熱電変換材料です。
歴史的には、無機系の熱電変換材料が研究の歴史も長く、性能がいいものが報告されています。実用化という意味だと、無機系のほうが圧倒的に進んでいると思います。
一方、有機のほうは比較的、最近になってからいいものができはじめつつある、発展途上の材料になります。
Q:有機系の材料とは、実際にはどういった材料になりますか?
身の回りで使ってる有機系の材料ですと、例えばポリ袋も有機の材料でできています。ただ、ポリ袋の材料自体では熱電発電はできなくて、熱電変換に使えるのは有機材料の中の、ある特別な特性を持つ材料です。
有機系の材料の特徴としては軽く、柔らかい性質があります。そのため、体に身に着けるデバイスなどに向いています。
また、比較的簡単な方法で膜形成などできるため、素子を作るコストも比較的安いといえます。
有機系熱電変換材料の一般的な成膜の仕方としては、有機の熱電変換材料を「溶媒」に溶かし、液体状のサンプルにします。それを目的の材料の表面に塗るプロセスを経て、最後に溶媒を飛ばします。このプロセスは各分野の製造プロセスで広く使われてきた方法です。そのため、このために特殊な装置を入れる必要性もなく、一般的に普及している汎用的な製造装置を使ってできます。
また、大面積でも作製可能です。時間をかけて小さいものしかできないというわけではなくて、比較的、簡単な方法で大きな面積のものを作ることができ、大量生産に向いています。
Q:研究の独自性についても教えてください。
私自身の研究では、熱電変換素子をどのように使うのかを考えて、ものづくりを行う点に重きをおいています。熱電発電である以上、発電特性自体を高めることはもちろん重要です。ただ、発電特性にとどまらず、それをどう使うのかも同様に重視しています。研究では、発電特性と使用を見据えた作製方法の両立ができるような、有機の熱電変換材料作りを意識しています。
例えば一つの事例として、熱電発電の特性も上げつつ、同時にきれいに塗れる手法を開発しました。有機の熱電変換材料の液体サンプルを塗る際、相手の基材の種類によっては、はじいてしまうことがあります。はじいてしまうと、均一な膜にならないため、ここには一定の技術が必要です。熱電発電の特性も上げつつ同時にきれいに塗れる。そういう方法を開発しました。
もう一つは、何に使うかという応用の観点から、素子の形自体を変えるアプローチにも取り組んでいます。有機系では、素子の形態を板状、フィルム状以外にすることも可能です。立体的な構造の素子にするなどの工夫もできます。そのため、出口としてどんな用途で使いたいかを先に決めて、それにあわせて素子の形を決めていくこともできると思います。こうしたアプローチの研究にも取り組んでいます。
Q:これまでの研究の経緯について教えてください。
今の職場に来る前は、素子というよりも、材料自体を作ったり材料の特性を測ったりすることが専門でした。
当時取り組んでいたのが、炭素のナノ材料のカーボンナノチューブです。カーボンナノチューブの合成方法や物性の評価に取り組んでいました。カーボンナノチューブも、有機系の材料と同じく、軽くて柔軟性のある材料です。今の職場に移ってからは、カーボンナノチューブの応用として、電極にカーボンナノチューブを使う研究などに取り組んでいました。
その後、有機系の材料でも軽量性、柔軟性を活かした応用展開ができることから、並行して有機系の材料の研究も始め、応用の一つとして熱電発電にも展開してきた、という経緯です。
「使い道のなかった熱」の活用を模索
Q:研究課題として感じていらっしゃることとか、どんなものになりますか。
課題として第一に挙げられるのが、有機系の発電性能です。無機系に対して有機系のほうは発電性能がどうしても劣ります。
そのため、発電特性を高めるような研究にまず取り組む必要があります。
ただ、応用でどう使うかという視点でいくと、発電性能にこだわりすぎず別の見方も必要と感じています。有機系ならではの良さを出すべく、使い道としてどんな形を作ればいいかを目指すことも重要です。
どこに取り付けるのか、どのように搭載するのか、そこに重点を置いて、そこで持ち味を出していこうと思っています。従来の熱電発電、その置き換えではなく、有機系ではないとできないところに使うような視点で進めていきたいです。
Q:この分野を志す学生にはどんなことが必要でしょうか。
一歩を踏み出せる人になってほしいと考えています。
私たちの研究室では、作製装置や測定装置などは可能な範囲で自分たちで作るようにしています。
装置作りは、授業で勉強したことだけで何とかなるというものではありません。やってみないと分からないことがあったり、いろんな要素が複合的に絡み合っていて幅広い知識が必要になります。
実際に装置作りに取り組んでもらうと、思っていた結果と違うとなったときに、どうすればよいかわからないと立ち止まってしまうことがあります。
そのときにわからないで止まるのではなく、何とかしようとそこで一歩、分からないなりにも何とかしようという、そういう踏み出しができると良いと思います。課題に直面したときに、何とかしようとするという、一歩、踏み出すというか、そこを何とか、装置作りを通して学生さんに経験してほしいと思っています。
問題が分かったとき、自分が知ってる分野のことなら、持ってる教科書を見て勉強すれば何とかなると思います。知らなければ、それがどの分野に関係するものなのか、何の勉強をすればそれが分かるのかから考えることになります。
装置を作るプロセスで試行錯誤をして、その結果、うまくできるようになったとしたら、それで、いろいろな物事を解決するような力も付くと思います。精神的なタフさも身につくと思います。
自分で何かを考えて一歩踏み出して、結果、思ったとおりいくときもあれば、思ったとおりいかないときもあると思います。大事なことは、その両方を経験することと思います。学生の間に、一歩踏み出すこと、それでうまくいく経験と思ったとおりいかない経験をしてほしいですね。
Q:企業からはどういった問い合わせが多いでしょうか。
「熱を使って、何かできないか」というかたちでの問い合わせが多いです。
余った熱の使い道をどうしようかと考えられてるところが多いようです。「使い道のなかった熱」がある分野は、まだまだたくさんあります。そうした企業からお話をいただけるとありがたいです。
私の方では思いもよらない、どこに使いたいかを教えていただけると、別の角度からの提案ができたりもします。そういう情報は、たくさんもらえるとうれしいですね。
今後、取り組むとしたら、あまりエレクトロニクスが入ってない分野が面白いかなと考えています。既にある程度、エレクトロニクスがもう入っている分野よりは、そういうものが入ってないところですね。そこに何か、こちら側のアプローチで協力できることがあると思います。電源があれば、それで何か素子を動かすことができるようになると思いますので。
Q:最後に、直近の目標を教えてください。
具体的な形を一つ作るのが目標です。
長いスパンですと、後世に残るものを作りたいと思います。工学部にいる以上、研究成果が社会に貢献することが重要と思います。
後世に残ることは、ハードルが高いことかもしれません。そのためには、その分野の中だけで優れているだけじゃなくて、他の分野とも競合して勝る必要があると思います。何か一つの用途があったとして、他の分野、方向性からのアプローチにも勝てるようなアイデアです。
熱電変換を中心に、今後も貢献ができるような研究をしていきたいと思っています。(了)
岸 直希
(きし・なおき)
名古屋工業大学 大学院工学研究科 電気・機械工学専攻 准教授
2000年、名古屋工業大学 工学部 第一部 電気情報工学科 卒業。2002年、名古屋工業大学 大学院工学研究科 都市循環システム工学専攻 博士前期課程 修了。2007年、名古屋大学 大学院理学研究科 物質理学専攻 博士課程(後期課程)修了。2007年3月 博士(理学)(名古屋大学)。
2002年、豊田合成株式会社に入社。2007年より独立行政法人 産業技術総合研究所 ナノカーボン研究センターにて研究に従事。
2008年より名古屋工業大学 大学院工学研究科 未来材料創成工学専攻 助教を経て、2016年より現職。