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エクソソームの振る舞いから、さまざまな疾患のメカニズムを解明する〜星野歩子・東京大学 先端科学技術研究センター 教授

2026年6月30日 by Top Researchers編集部

病気の原因は、患部の異常だけで説明できるとは限らない。体内では臓器同士が情報をやり取りし、バランスを保っているからだ。近年、その情報伝達を担う存在として注目されているのが、全身を巡る微小な細胞外小胞「エクソソーム」である。東京大学 先端科学技術研究センター 星野歩子教授は、エクソソームが『どの臓器に届くか』という視点から、妊娠高血圧腎症やがん、精神疾患など多様な病態を横断的に捉え直し、診断・治療につながる道筋を探っている。本記事では、エクソソームが病気にどう関わるのか、そして星野教授の研究室がどのような視点と方法で病態のメカニズムに迫っているのかを伺った。

仮説検証ではなく、体内での“選別”から迫る独自のアプローチ

Q:研究概要について教えてください。

私たちの研究は、体の中を巡る微小な細胞外小胞「エクソソーム」の振る舞いを手がかりに、さまざまな疾患のメカニズムを解明することです。将来的には、その知見を診断や治療につなげることを目指しています。

エクソソームは、全ての細胞が産生しているウイルスほどの大きさの小胞で、血液中にも無数に存在します。例えば1mLの血液の中にも何兆個という単位で含まれていて、健康なときでも病気のときでも、常に体内を巡っています。もともとは、細胞内の不要物を小さな袋に包んで外へ運び出す「排出の仕組み」として理解されてきました。

ところが研究が進むにつれて、産生されたエクソソームの一部は単に捨てられるだけではなく、別の細胞や臓器に取り込まれ、情報を運ぶ「メッセンジャー」として働いていることが、約20年前から明確になってきました。つまりエクソソームは、細胞の“排出物”であると同時に、臓器間で状態を共有するための情報媒体としても機能しているのです。

この発見は、エクソソームを「臓器同士をつなぐ新しいネットワーク」として捉えられる可能性を示しています。私はこの仕組みを考えるとき、脳の神経ネットワークをよく思い浮かべます。神経細胞は理屈の上では全てが全てとつながることもできますが、実際には必要な相手とだけ結びつき、最小限のつながりで最大の効果を生み出すように構成されています。体内でも同じように、全ての臓器が常に一斉に情報共有するのではなく、必要なタイミングで、必要な相手と連携し、「いま体内で起きていること」を伝え合っている可能性があります。

私たちがよく知る体のインフラといえば、血管や神経のような仕組みです。それらが道路や電話回線だとしたら、エクソソームはより選択的な、特定の相手とだけ情報をやり取りするSNS のようなイメージに近いと感じています。実は相性の良い臓器同士、あるいは特定の細胞同士が存在していて、そのつながり方や仕組みはまだ解明の途中ですが、エクソソームを介してお互いの状態を共有している可能性があります。受け取った側は、必ずしもエクソソームで「返信」するとは限りません。しかし、その情報に反応して働きを変えることで、結果的に全身の恒常性、つまりバランスが保たれている。身体の中ではそのような調整が日常的に起きているのではないかと考えています。

疾患時には、このメッセージの「行き先」や「届き方」が変わり、本来は別の臓器に届くはずだったエクソソームが違う場所に運ばれてしまうことで、そこで異常な反応が引き起こされ、症状として表れてくることが見えてきました。では、何を確かめればいいのか。私たちが注目するのは、エクソソームがどこへ届き、どの細胞に取り込まれ、その結果として何が起きるのかということです。研究では、妊娠、がん、精神疾患といった対象は幅広く扱いながらも、共通して「血流に乗ったエクソソームが体内のどこに届くのか」を出発点に、現象を追いかけるようにしています。

例えば妊娠では、正常な胎盤が常にエクソソームを産生し、その一部が母体の脳へ届いていることが分かってきました。出産後に物忘れが増えたり、集中力が落ちたりする状態は「ベイビーブレイン」と呼ばれ、長らくホルモン変化や寝不足の影響として考えられてきました。しかし最近では、脳は偶然に変化しているのではなく、妊娠や出産という大きな環境変化に適応するために、目的をもって「妊娠脳」の状態へ移行(リモデリング)している可能性が示されつつあります。

そこで私たちは、胎盤由来エクソソームが妊娠脳の変化に関与している可能性に着目し、研究を進めています。現時点では、その働きの全容は明らかではありませんが、母体の脳に何らかの影響を及ぼしている可能性が示唆されています。現在は、その作用の実態について検証を重ねている段階です。

さらに、この視点を押し進めると、「では胎盤が病気のときには、エクソソームはどうなるのか」という問いが自然と浮かび上がります。妊娠合併症の中でも、妊娠高血圧腎症は世界的にも一定割合で起こり、診断は高血圧と尿たんぱくを手がかりに行われます。いったん発症すると、入院して経過を管理しながら、出産のタイミングを慎重に見極めます。結果として早産となり、生まれた赤ちゃんが新生児集中治療室(NICU)でのケアを必要とするケースも少なくありません。

母体側も、将来心筋梗塞などの心血管疾患を発症するリスクが高まる可能性が指摘されており、母子双方に影響が残り得る点が課題です。少子化が進む今、一人ひとりの妊娠と出産が持つ意味を考えても、できるだけ早い段階で兆候を捉え、介入できる手立てを増やす必要があります。日本に限らず、 NICUでの治療が長期化するほど医療費負担も大きくなることから、早期発見・早期介入の重要性は高まるばかりです。

この疾患では、胎盤の形成に不具合があることは以前から知られていましたが、なぜ高血圧や尿たんぱく、さらには肝機能障害や視覚障害、けいれんといった多様な症状が生じるのかは、まだ十分に解明できていません。2003年には血管に影響する分子としてsFlt-1が注目され、分野全体に大きな研究の流れが生まれました。sFlt-1が血管にダメージを与え、高血圧の一因になり得るという知見は画期的で、「これを制御できれば妊娠高血圧腎症を治せるのではないか」という期待が一気に高まったのです。

ところが、その後の検討で、高血圧の改善には一定の可能性が見えても、尿たんぱくをはじめとする他の症状まで十分に説明・改善しきれない可能性も示されてきました。つまり、sFlt-1は重要な要素である一方で、この疾患の全体像を説明するには「それだけでは足りない」部分が残っているのです。だからこそ、胎盤形成の不具合という出発点と、多臓器にまたがる症状のつながりを埋める、別のメカニズムの存在が強く示唆されています。

そこで私たちは、妊娠高血圧腎症などの妊娠合併症で胎盤の形成や働きに不具合が生じるときに、胎盤由来エクソソームの「行き先」が変わるのではないかという観点から研究を進めています。具体的な解析では、正常な場合には脳へ届きやすい胎盤由来エクソソームが、妊娠高血圧腎症で尿たんぱくを呈する方では腎臓へ向かいやすくなる可能性が見えてきました。エクソソームに搭載された特定の分子が「行き先」を変える引き金となり、本来は取り込まれにくい腎臓の糸球体の細胞に取り込まれて細胞が腫れ、結果として尿たんぱくが誘導される。そのメカニズムが少しずつ明らかになってきました。

この仕組みが確かなら、次の展望も見えてきます。一つは、エクソソームが腎臓へ行くことを抑えることで症状を軽減する、新しい治療アプローチです。もう一つは、エクソソームの「行き先の変化」を早い段階で捉えることで、妊娠高血圧腎症の発症リスクをより早期に見つけ、症状が出る前に対策につなげられる可能性があるという点です。

私たちの研究室では、まず病態の機構を解明することを重視しつつ、その過程で得られる知見を診断マーカーや治療法の候補へつなげる、いわば診断と治療をセットで進める体制を基本にしています。機構が分かれば、副産物としてバイオマーカーや診断マーカーが見えてくる。だからこそ、生理現象と疾患の両方を行き来しながら、次の一手につながる研究を積み上げています。

こうした研究を加速させるきっかけの一つになったのが、東京大学医学部附属病院 産婦人科の助教で医師でもある橋本彩子さんが、私の研究室に加わってくれたことでした。橋本さんは、妊娠高血圧腎症によって命を落とす母親や赤ちゃん、そして早産により大きな負担を抱える家族を少しでも減らしたいという強い思いを持って研究に参加してくれました。

既に知られている因子だけでは説明しきれない点が残ること、そして胎盤を体外に出す(出産する)と症状が緩和することが少なくないという臨床的な特徴から、「原因は胎盤が放出する何かにあるはずだ」と発想し、sFlt-1以外の要素として胎盤由来エクソソームの解析を提案してくれたのです。現在は、この知見を論文として取りまとめ、投稿に向けた執筆を進めています。

Q: 妊娠高血圧腎症以外の疾患でも、エクソソームに着目して研究されていると伺いました。具体的にはどのような研究に取り組まれているのでしょうか?

妊娠合併症に限らず、がんや精神疾患も大きな柱として研究しています。もっとも長く取り組んでいるのは、がんの領域です。近年特に注目しているのが、抗がん剤に対して耐性を獲得したがん細胞が放出するエクソソームです。治療を受けた後のがん細胞は性質が変化しますが、その変化がエクソソームの中身や振る舞いにどう表れ、周囲の細胞や臓器にどのような影響を与えるのかを追っています。もし耐性化したがん細胞が、エクソソームを介して体内環境を変え、治療が効きにくい状態を補強しているのだとすれば、耐性を「元に戻す」ための新しい手がかりが得られるかもしれません。

また前立腺がんは治療法の進歩によって、以前より予後の良い疾患になってきました。ただ、その一方で、治療が効きにくい患者さんも一定数います。なかでも肝臓に転移したケースは治療が難しいことが知られています。これは、新しい治療法が効きやすいPSMA陽性のがん細胞に対して、肝転移した前立腺がんにはPSMA陰性の細胞が多く含まれ、新たな治療でも十分に対応できないためです。

私たちの研究室では、なぜ肝転移した前立腺がんが治りにくいのかという根本に立ち返って研究を進めています。肝臓に転移したことで治療抵抗性が高まったのか、それとも、もともと肝転移しやすく治療にも反応しにくい性質を持つ細胞がごく一部に存在していたのか。そうした背景を明らかにすることで、これまで有効な治療法が乏しかった患者さんへの新たなアプローチにつなげたいと考えています。

精神疾患の領域においては、自閉症、統合失調症、うつといった疾患に加えて、診断がつく前の「強い社会的ストレスを感じている状態」にも関心を向けています。というのも、本来は早い段階で「いま体が悲鳴を上げている」と分かっていれば、うつ状態に至る前に介入や治療へと繋げられる可能性があるからです。そこで私たちは、目に見えない負荷を可視化できるバイオマーカーを見つけること、そして仮にうつ状態になった場合でも回復へつなげる手立てがないかを検討しています。精神疾患は診断自体が難しい領域でもあるため、診断と介入の両面から糸口を探っているところです。

研究テーマは幅広く見えるかもしれませんが、私自身は常にエクソソームにフォーカスしています。複数の疾患や生理現象をエクソソームという同じ軸で見ていくことで、疾患全般で変動しやすいものと、特定の病態に特徴的なものを区別できるようになります。これは将来的に社会実装を考える上でも重要です。特定の疾患だけを見ていると、別の疾患でも同じバイオマーカーが変化している可能性があり、その場合にはスクリーニングで偽陽性が増える、といった問題が生じるからです。だからこそ、横断的に比較しながら全体像を掴むことが、結果的に診断や治療につながる次のステップへ進むための土台になると考えています。

Q:この研究における独自性はどこにあると思いますか?

研究の独自性は、エクソソームの「臓器特異性」に着目し、血流に乗ったエクソソームが体内のどこへ届き、どの細胞に取り込まれるのかを出発点にして病態を解き明かしていく点にあります。

エクソソームは理屈の上では全身の臓器に触れられますが、実際には特定の臓器や、特定の細胞に取り込まれやすい性質があります。つまり体内では「どこに届くか」という選別が起きており、その選別のされ方こそが、生理現象や疾患の鍵を握っている可能性があると考えています。だからこそ、仮説を先に固定するのではなく、まず行き先を確かめ、「どこで何が起きているのか」から現象を組み立てていきます。

例えば、妊娠の初期段階で母胎由来のエクソソームが胎児にどう影響するかを調べると、想定していなかった特定の発生関連組織に強く取り込まれることが分かる場合があります。そうなると、研究室の得意分野に閉じるのではなく、エクソソームが示した行き先を追いかけるために初期発生の領域へ踏み込み、必要に応じて専門家と連携しながら研究を進めています。現象が示す事実を起点に「本当に起きていること」を見つけにいく姿勢が、私たちの研究の特長です。

さらに、体内での選別を捉えるために、血流に乗せたときの挙動を重視しているのも重要なポイントです。培養環境で細胞にエクソソームをふりかける実験では、多くのエクソソームが時間とともに多くの細胞へ入ってしまい、体内での選別が見えにくくなります。一方でマウスを用いて血流 に乗せると、ほとんど取り込まれない細胞が多い中で、強く取り込まれる臓器や細胞がはっきり浮かび上がります。私たちはこの差に注目し、強く取り込まれる場所を手がかりに、疾患や生理現象のメカニズムに迫っています。つまり、エクソソームの「どこへ届くか」を起点に病態を読み解き、必要なら研究領域そのものを越境して追跡する。そこに私たちの研究の独自性があります。

Q: 現在の研究に至るまでの経緯を教えてください。

エクソソームは、博士課程時代から研究していたわけではありません。実は、ポスドクとしてアメリカに渡ってから初めて本格的に取り組み始めました。それまでは、がん研究に取り組んでいました。がん細胞そのものではなく、がん細胞を取り巻く「間質細胞」など、周囲の環境がどう変化してがんを悪化させるのかを研究していました。

転移は偶然に起こるものではないのではないか、ということは以前から広く指摘されてきました。古くから“種と土壌”という考え方があり、がん細胞(種)はどこにでも転移するのではなく、転移しやすい臓器(土壌)が整った場所に根づくと考えられてきました。しかし、なぜその臓器が転移しやすい状態になるのか、その仕組みはよく分かっていませんでした。そうした背景を知るなかで、私自身も、転移が起こった後ではなく、起こる前の段階から先回りする別のアプローチが必要なのではないかと考えるようになりました。

そんなときに出会ったのが、のちに9年間所属することになるデイビッド・ライデン教授の研究です。2005年にNatureで発表されたその論文では、がん細胞が転移するより前に、転移先となる臓器がすでに変化している、つまりあらかじめ“耕されている”可能性が示されていました。この着想そのものを切り拓いたのは、ライデン先生たちのグループです。私はその研究に触れたとき、「転移先の臓器を変化する前の状態に戻せれば、転移そのものを起こりにくくできるのではないか」と強く心を動かされました。がん細胞を追い続けるのではなく、転移が起こる前段階に介入して防ぐという発想に、大きな魅力と可能性を感じたのです。そしてその世界に飛び込みたいと思い、アメリカへ渡りました。

ライデン教授から与えられた研究テーマは、「その“耕し”は一体何によって起きるのか」を突き止めることでした。候補の一つとして挙がっていたのがエクソソームだったのです。ここで初めて私はエクソソーム研究に本格的に向き合うことになります。そして2015年の研究では、がん細胞が産生するエクソソームが“先駆隊”のように未来の転移先へ先に到達し、その臓器を変化させることが転移の引き金になり得る、という考え方が現実味を帯びてきました。つまり、私の研究は「転移先の環境が先に変わる」という問いから出発し、そのメカニズムを追いかけた結果として、エクソソームが中心的なテーマになっていったのです。

現在は、こうした基礎研究を診断や治療へつなげることにも挑戦しています。ただ、医療分野の社会実装には、論文と実装の間に大きな隔たりがあります。論文としては十分でも、検査や治療として臨床現場で実際に活用するには、再現性、条件の違い(時間帯や食事、個人差など)など、膨大な検証が求められます。さらに、転移を「予防」する発想は、治験の設計自体が難しく、社会の概念が変わらなければ成立しにくい面もあります。だからこそ今は、国の支援制度なども活用しながら、実装に必要なデータを積み上げ、研究成果を社会に届けるための道筋を整えているところです。

診断と治療をセットで考え、社会実装につなげていく

Q: この研究における課題は何でしょうか?

一番大きな課題は、「今治療法がないものに挑むからこそ、科学的な難しさだけでは解決できない壁が同時に立ちはだかる」という点です。治療がないのは、単に有望な技術シーズが足りないだけでなく、倫理・安全性・社会の受け止め方など、複数の要因が重なって生まれていることが少なくありません。

例えば、がんの転移を抑える研究では、「転移が起こる前に介入する」という発想そのものが臨床で扱いにくく、どの段階の誰に、どういう試験を行うことで効果を実証するのか、という治験設計上 の難しさがあります。一方で、妊娠や出産に関わるテーマになると、安全性や倫理のハードルが一段と高くなります。「将来にわたって影響がない」ことをどの程度まで検証すべきか、社会実装を進める上で慎重さが強く求められます。

さらに発達障害のような領域では、社会的に「これは治すべきものではなく特性として尊重されるべきだ」という考え方もあり、研究の目的や言葉の選び方次第では反発や誤解を招きかねません。私自身は、治すかどうか以前に「本人や家族が自分たちに合った対応を選べる状態をつくること」が重要だと考えています。その意義をどう伝えるか、どう社会と対話しながら進めるかは大きな課題です。最先端の研究であればあるほど、技術的な課題を越えるだけでは足りず、社会的な制約や議論と向き合いながら前に進めなければなりません。そこが、この研究における最も大きな難所だと感じています。

 

Q: この記事を読んでいる、本研究を目指している学生にメッセージはありますか?

一番お伝えしたいのは、まず「チャンスは待つものではなく、自分で掴みとるものだ」ということです。実際に、東大の駒場キャンパスの1〜2年生が、制度があるわけでもないのに「研究室に参加させてください」と自分から連絡して来てくれたことがありました。こちらとしても、そういう姿勢の学生さんは大歓迎ですし、通える頻度や状況に合わせて一緒にできることを考えていけます 。自分で機会をつかみにいく行動が、その先の可能性を広げていくのです。

もう一つは、チャンスを掴む力は「運」だけではなく、「トレーニング」で伸ばせるという点です。研究室の学生さんによく「エレベータートーク」を勧めています。エレベーターで、たまたま自分の将来を左右するような人と二人きりになったとき、あなたならどうしますか。目的の階まで30秒しかないときに、その時間内に要点をまとめてプレゼンし、次につなげられるかどうか。それは才能というより準備次第です。

米国で研究者として過ごすなかで、こうしたトレーニングの重要性を強く実感しました。研究費の獲得に向けた申請書の書き方やキャリアの築き方といった話だけではありません。例えば「いつ誰が訪ねてくるか分からないため、ジャケットを研究室に一着置いておく」といった身だしなみの備えも含め、上位の研究者が若手を体系的に育成する文化があります。そこで求められているのは話術の巧さではなく、必要な場面で要点を適切に伝えられるよう、準備と訓練を積み重ねておく姿勢だと感じています。

だからこそ、学生の皆さんには「自分にはできない」と決めつけずに、「できるようになるために練習する」という姿勢を持ってほしいのです。相手が誰で、何を知っていて、どこまで話すべきかを判断し、限られた時間で伝える内容を選ぶ。そうした力は研究の世界だけでなく、その先のキャリアでも必ず役に立つはずです。

Q: 研究以外に高校生向けの研究インターンシップを実施されていると伺いました。立ち上げた背景や狙い、プログラムの具体的な内容を教えてください。

研究インターンシップは、春休みと夏休みに高校生(主に高1〜高2)が1週間、研究者という仕事に触れるプログラムです。高校生は「いま進行中の研究」に実際に参加し、研究者と同じ現場で実験や解析、議論のプロセスを体験します。

私と大学院博士課程の学生が中心となって立ち上げ、一般社団法人STudent – Academia Research Project.(略称. ST-AR Project)を設立し、企業からの寄付で運営しています。最初の3回は私の研究室だけで実施していましたが、4回目以降は受入研究室が増え、現在は東大の駒場・本郷キャンパスに加えて、名古屋大学や北海道大学などにも広がっています。直近の春休みには12研究室にご参加いただき、夏休みには、さらに規模を拡大して20研究室で実施する予定です。私たちの研究室では毎回3名を受け入れており、これまでの参加者は累計で約50名にのぼります。

このプログラムで大切にしているのは、「高校生向けに用意した体験実験」を行わないことです。各研究室には「いま進行中の研究にそのまま入れてください」とお願いしています。結果が分かっている実験をなぞるのではなく、研究者が何を考え、どう検証し、得られた結果をもとに次の一手を決めていくのか。その試行錯誤のプロセスそのものを、間近で体感してもらうことを重視しています。

立ち上げた背景には、「研究者の仕事や研究の価値が、社会の中で見えにくい」という問題意識があります。特にコロナ禍を通じて、医療は「今患者さんのためにできること 」に対応する一方、研究は「今はできないこと」を将来可能にするかもしれない営みであることを、人々がどれだけ実感できているのかを考える場面が多くありました。プログラムに参加した高校生全員が将来研究者を目指していくことになるとは思っていませんが、研究がどう進み、その成果がどう世の中に広がっていくのかを少しでも理解していく人が増えれば、研究の意味や必要性を自然に支えられる土壌が育つと考えています。

加えて、研究室側にも効果があります。高校生に伝えるためには、自分たちの研究を分かりやすく言葉にする必要があり、その過程で研究者自身のコミュニケーション力も鍛えられます。研究と社会の距離を縮める草の根の取り組みとして、継続しています。

Q: 今後の展望を教えてください。

今後の展望としては、エクソソーム研究をさらに推し進め、研究成果を診断や治療として社会に届けていくことです。これまで得られた成果に加え、これから明らかにしていくメカニズムも含めて、研究と社会実装を並行して進めたいと考えています。

2025年5月にはスタートアップの立ち上げに向けた取り組みを本格化させており、国の支援なども活用しながら、実装に必要な基盤を整えることを優先しています。専任の人材も迎え、活動を加速させながら、必要なデータを揃えつつ立ち上げを具体化していきます。(了)

星野 歩子

(ほしの・あゆこ)

東京大学 先端科学技術研究センター 教授
2006年3月 東京理科大学 理学部 応用化学科 卒業。2008年3月 東京大学大学院 新領域創成科学研究科 先端生命科学専攻 修士課程 修了。2011年3月 同博士課程 修了。同年3月 コーネル大学医学部小児科 ポスドクアソシエイトに就任。2013年4月に同大学 リサーチアソシエイト、2016年よりインストラクターを務めた後、 2019年4月 東京大学ニューロインテリジェンス国際研究機構 講師。2020年3月 東京工業大学 生命理工学院 准教授に着任。在職中の2020年5月、ニューヨーク大学タンドン工科大学にてバイオインフォマティクスの高度専門士を取得。2023年3月より現職。

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