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脳科学から生まれた次世代IoT通信「APCMA」の可能性〜MassioTN株式会社 CEO ペパー・フェルディナンド氏

2026年7月28日 by Top Researchers編集部

あらゆるモノがインターネットにつながる「IoT」の普及が加速している。工場や農場、インフラ、住宅など、センサーが設置される場所は広がり続けている。一方で、センサーが増えるほど電波の「渋滞」が起こり、データが届きにくくなるという課題がある。高速・高信頼な5Gは、導入や運用にコストがかかるため、低価格のセンサーを大量に配置する用途には向いていない。では、こうした限界をどう乗り越えるのか。

ペパー・フェルディナンド氏は、国立研究開発法人 情報通信研究機構(NICT)で長年にわたり無線通信の研究に取り組んできた。その研究の中で着目したのが、脳の神経細胞が「スパイク(パルス)」で情報を伝える仕組みである。そこから着想を得て、新たな無線通信方式「APCMA」を開発し、2024年10月には、MassioTN株式会社を設立した。APCMAは、信号が重なっても情報を復元でき、免許や通信料金を必要としない。さらに、1000万台規模のデバイスを同時につなげられるという。この革新的な技術の仕組みや研究への思い、社会実装への展望について、ペパー氏に話を聞いた。

非同期パルス符号多重通信による新通信方式を開発

Q:研究概要について教えてください。

私は現在、「APCMA(Asynchronous Pulse Code Multiple Access)」という、新しい無線通信方式を研究・開発しています。これは、超高密度IoT向けの通信技術です。

今、IoTは急速に広がっています。工場では、温度、振動、圧力、電流などを測定する大量のセンサーが使われており、設備の異常を早期に検知するため、1秒ごと、場合によってはそれより短い間隔でデータを取得したいというニーズがあります。また、スマートインフラ、スマート農業、防災分野でもセンサー活用が進んでおり、今後さらに大量のデバイスがネットワークへ接続される時代になりつつあります。

しかし、既存の無線通信には大きな課題があります。IoTでは、一つひとつのデータ量は小さい一方で、接続されるセンサーの数は非常に多くなります。そのため、多数のデバイスが同時に通信すると「衝突」が発生し、データが届かなくなってしまうのです。例えば、現在広く使われているLoRaというLPWA通信技術でも、利用環境や送信頻度によっては、50台〜100台程度で通信成功率が低下することがあります。また、日本の920MHz帯では「1時間あたり36秒まで」という厳しい送信制限があり、実際には1時間に6〜10回程度しか送信できません。

そこで私は、脳科学(ニューラルネットワーク)からヒントを得て、まったく新しい通信方式を考えました。脳の神経細胞は、「スパイク」と呼ばれるパルス信号で情報をやり取りしています。その際、重要なのはパルスそのものだけではなく、「パルスとパルスの間の静かな時間」です。脳は、この“静かな間隔”によって情報を符号化していると考えられています。

APCMAでは、この考え方を無線通信へ応用しました。従来の通信は、ビット列を連続的に送る方式ですが、私の方式では一度ビット情報を「パルスパターン」に変換して送信します。そして受信側では、そのパターンを認識して元のデータへ復元します。大きな特徴は、「静かな時間同士は衝突しない」という点です。そのため、多数のデバイスが同時送信しても、受信側がパターン認識によって個別に分離できるのです。

この技術によって、従来方式では難しかった超高密度IoTが可能になります。実験では、1000台規模の同時通信にも成功しており、理論上は6G時代に求められる「1平方キロメートルあたり1000万台接続」にも対応可能です。また、免許不要の周波数帯を利用できるため、通信コストを大幅に抑えられる点も大きな特徴です。

現在は、工場向けの設備監視、防災、インフラ監視、非地上系ネットワークなどを中心に社会実装を進めています。将来的には、農業や漁業など幅広い分野への応用も目指しています。

Q:この研究における独自性はどんな点にありますか?

一番の独自性は、情報を“パルスパターン”に変換し、その時間構造で表現する点にあります。APCMAでは、脳の神経細胞がスパイク信号で情報をやり取りする仕組みを参考にし、パルスとパルスの間にある「静かな時間」を使って情報を符号化します。

従来の無線通信では、ビット列を連続的に送信するため、多数のデバイスが同時に通信すると信号が衝突し、データが失われてしまいます。一方、APCMAでは、受信側が重なった信号の中からそれぞれのパルスパターンを認識し、元のデータを分離・復元できます。つまり、送信タイミングを細かく調整しなくても、非同期で通信を成立させられる。ここが、従来の通信方式とは大きく違いです。

また、APCMAは最初からIoT向けに設計していることも特徴です。IoTでは、動画のような大容量データを高速で送る必要はあまりありません。むしろ重要なのは、小さなデータを大量のセンサーから、低コスト・低消費電力で安定して送ることです。例えば、温度や振動、圧力などのセンサーデータは数値情報が中心で、一つひとつのデータ量は非常に小さい一方、工場やインフラでは何千、何万というセンサーが同時に稼働します。そのため、高速通信よりも、多数のデバイスを長期間安定して接続できることが重要になります。APCMAは、そのような用途に特化した通信方式として設計しました。

この発想が生まれた背景には、私自身がもともと無線通信の専門家ではなく、理論コンピューターサイエンスや脳科学(ニューラルネットワーク)の研究に取り組んできたことがあります。異分野の視点を組み合わせたからこそ、従来の通信技術とは違うアプローチにたどり着けたのだと思います。

Q: 現時点で、 企業からの問い合わせなども多いのでしょうか? 

そうですね。特に工業分野から非常に強い関心をいただいています。現在も複数の企業から問い合わせを受けており、そのうちインフラ関連企業や防災関連企業とは、すでに共同研究を進めています。

工場では、設備や製造プロセスへ大量のセンサーを取り付け、高頻度でデータを取得したいというニーズがあります。またインフラ分野では、広範囲に多数のセンサーを配置して監視したいという需要があります。APCMAは、大量のデバイスが同時接続される環境との相性が非常に良く、こうした分野での活用に大きな可能性があると感じています。

防災分野で特に重要になるのは、災害時に通信が集中する場面です。多数の端末が一斉に通信しようとすると、既存の通信方式では混雑が起き、通信が止まってしまうことがあります。実際、災害時に「携帯電話がつながらない」「メッセージが送れない」という状況はよく起こります。APCMAは、多数のデバイスが同時に送信しても通信を維持しやすいため、非常時の通信を支える技術としても有効だと考えています。

遠隔地、山岳地帯、海上地域では、従来の地上基地局が存在しないため、そこに設置されたセンサーやIoTデバイスからデータを収集することが困難です。非地上系ネットワーク(NTN)は、地上インフラを超えて接続性を拡張し、デバイスを低軌道または静止軌道(LEO/GEO)の衛星、あるいは高高度プラットフォーム局(HAPS)に直接接続することで、この課題に対応します。しかし、多数のセンサーが同時に送信すると信号が衝突し、現在の技術では対応できるデバイス数に限界が生じるという課題に直面しています。APCMAはこの問題を解決し、はるかに多くのセンサーが干渉なく同時送信できるようにします。これにより、APCMAは地上の一般的な無線通信だけでなく、次世代の衛星接続ネットワークにおいても有力な技術となる可能性を持っています。

将来的には農業や漁業などへの応用も視野に入れています。例えば漁業では、養殖魚の状態を確認するために人が海中に潜ってチェックしているケースがあります。低コストセンサーを活用できれば、人が潜らなくても、水中で魚の動きや状態を常時監視できるようになるかもしれません。農業でも、高齢化や人手不足が進む中、大規模農地や斜面にある果樹園など、人が頻繁に行き来するのが難しい場所では、センサー活用の余地が大きいと考えています。

このように、工場、インフラ、防災、農業、漁業など、APCMAを活用できる領域は幅広くあります。ただし、実際の現場で使っていただくためには、まだ乗り越えるべき課題もあります。現時点ではプロトタイプの段階であり、製造現場やインフラ、防災の現場で安定して使える製品にするには、インターフェース設計や品質管理などをさらに整える必要があります。

現在、企業との共同研究では、それぞれの用途や周波数帯に合わせた製品開発を進めています。一方で、それとは別に、MassioTNとして自社製品の開発も進めています。MassioTNは2024年10月に設立した会社で、「Mass(大規模)」と「IoT Network(モノのインターネット)」を組み合わせた名称です。大量のデバイスがつながるIoTネットワーク社会を実現したい、という思いを込めています。

自社製品では、まず920MHz帯を想定しています。共同研究で進めている製品とは異なる形で、APCMAの特徴を生かした製品を展開したいと考えています。市場規模は非常に大きいと感じており、自社製品についての相談や問い合わせも少しずつ増えてきています。

異分野融合で挑む社会実装への道

Q: 技術的な課題、産業的な課題、倫理的な課題について教えてください。

まず技術的な課題としては、ニューラルネットワークと情報通信の知見を組み合わせて生まれた技術を、実際の製品として安定して動かせるレベルまで仕上げていくことが挙げられます。工場やインフラの現場で運用するには、インターフェース設計や品質管理などをさらに整える必要があります。また、実用化にあたっては、使用する周波数帯に合わせた設計も必要です。周波数帯が変われば利用ルールや制約も変わるため、それぞれの条件に合わせて通信方式を最適化しなければなりません。

産業的な課題としては、研究と事業化の間に大きなギャップがあることです。私は研究者出身であるため、生産、品質管理、サプライチェーン、マーケティング、営業といった分野については、まだ学びながら進めている段階です。研究として技術を成立させることと、実際にお客様へ届ける製品として成立させることは、まったく別の世界だと感じています。そのため現在は、企業とのパートナーシップを非常に重視しています。すでに複数企業と共同研究を進めていますが、今後は製造や販売も含めて、一緒に事業を進められるパートナー企業との連携が重要になると考えています。

さらに、製品展開を進めるうえでは、技術を守るための知財戦略も重要になります。現在、すでに2件の特許権を取得するオプションを有しており、自社製品についても今後さらに特許取得を進めていく予定です。

 倫理的な課題としては、やはりプライバシーとセキュリティです。IoTセンサーネットワークが社会全体へ広がっていくと、さまざまなデータが常時取得されるようになります。そのため、個人情報や行動データをどのように保護するかは非常に重要です。通信データを暗号化し、安全に管理する仕組みを整えなければなりません。また、私たちの技術が人々のプライバシーを侵害するような形で悪用されないようにすることも重要だと考えています。便利だからこそ、安心して使える技術にしていく必要があります。

Q: この分野を志している学生にメッセージはありますか? 

私が学生の皆さんに一番伝えたいのは「Out of The Box」、つまり既成概念にとらわれずに考えてほしいということです。これまでとは違う視点で物事を見ることで、新しい発想が生まれることがあります。

特に重要だと思っているのが、分野横断的な研究です。多くの研究者は、自分の専門分野の中で研究を深めていきます。それはもちろん大切ですが、一方で、異なる分野を組み合わせることで、まだ誰も気づいていないアイデアが生まれる余地もたくさんあります。私自身も、ニューラルネットワークの研究と無線通信を結びつけたことで、APCMAという発想にたどり着きました。

ただ、新しいアイデアに挑戦すると、反対されたり、すぐには理解されなかったりすることもあります。特に独創的な研究ほど、最初は厳しい意見を受けることが少なくありません。しかし、その批判を単に否定するのではなく、冷静に受け止め、研究をより良くするための示唆として評価する姿勢も大切です。批判の中には、研究の精度を高めたり、見落としていた課題に気づかせてくれたりするものもあります。

だからこそ、自分が目指したい方向性や目的は、簡単にあきらめないでください。新しいアイデアを面白いと言ってくれる研究者や仲間は、必ずどこかにいます。私自身も、NICT 脳情報通院融合研究センター ライプニッツ ケンジ主任研究員、東京理科大学 工学部電気工学科 長谷川 幹雄教授や、大阪大学 大学院情報科学研究科 若宮直紀教授から「これは面白い」と評価していただきました。そのことがきっかけとなり、現在の共同研究へと発展しています。

ですから、周囲の反応を恐れすぎず、自分のアイデアを信じて挑戦してほしいと思います。新しい研究は、そうした一歩から始まるのだと思います。

Q:自社製品の開発中だと思いますが、どういう企業と連携を図っていきたいですか?

自社製品を実際に市場へ届けていくには、技術開発だけでなく、製造、品質管理、販売、マーケティング、資金調達などが必要になります。私は研究者出身ですので、事業化に必要な知見や基盤を持つ企業の力をお借りしたいと考えています。

特にプロトタイプを実際に使える製品へ仕上げる段階です。量産設計や品質の安定化、顧客対応など、研究開発とは異なる専門性が欠かせません。また、将来的にはハードウェアだけでなく、ソフトウェアやサービスも含めた形で提供していきたいと考えています。単に通信デバイスを販売するのではなく、お客様の現場に合わせて導入し、運用まで支援できるソリューションにしていく。そのためには、現場の理解やシステム統合の知見を持つ企業との連携も重要になります。

APCMAは、まだ市場が確立されていない技術です。だからこそ、既存の枠組みに当てはめるのではなく、どのような分野で価値を生み出せるのかを一緒に考え、用途や市場を開拓してくださる企業と連携していきたいですね。

Q: 今後の展望について教えてください。

IoT市場は今後さらに拡大していくと考えています。その中で、APCMAのような「大量のセンサーを低コストで安定して接続できる技術」は、ますます重要になるはずです。私は、この技術を社会へ広く展開し、10年後には世界市場で主要プレーヤーになることを目指しています。

まずは日本市場でしっかり実績をつくり、産業用センサーやインフラ、防災分野などで実用化を進めていきたいと考えています。その上で、将来的にはヨーロッパをはじめとした海外市場へも展開していきたいですね。ヨーロッパ市場にも大きな可能性を感じています。

現在は、共同研究や自社製品の開発を進めながら、技術の実装と事業化の両方に取り組んでいます。さきほども触れたように、ハードウェア、ソフトウェア、サービスまで含めたトータルソリューションとして展開し、IoT社会を支える基盤技術の一つになれればと思っています。(了)

ペパー・フェルディナンド

MassioTN株式会社 CEO
情報通信研究機構(NICT) 脳情報通信融合研究センター企画室

オランダ・デルフト工科大学にて1989年博士号取得。来日後、科学技術庁フェローを経て、日本のソフトウェア企業勤務。その後、通信総合研究所(現NICT)へ入所。ニューラルネットワーク、脳型情報処理、ナノコンピューティングなど幅広い研究に従事。脳科学から着想を得た超高密度IoT向け通信技術「APCMA」を開発し、2024年10月にMassioTN株式会社を設立。研究・産業の両面から、次世代ICTの実現を目指している。

    Filed Under: AI/ICT/Robotics

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