テレビやスマートフォン、駅のモニターなど、我々の日常生活にも用いられている「有機EL」の技術。この有機ELの飛躍的な進歩を目指し、「第三世代」の有機EL発光材料の実現に向けて研究を進めているのが、九州大学最先端有機光エレクトロニクス研究センターの安達 千波矢センター長・主幹教授だ。非常に簡単な炭素素材で電気を100%光に変換できることができれば、発光効率は格段にアップするが、その素材として高コストなレアメタルを使わず、プラスチックの素材である炭素化合物だけで行なう点が大きな特徴である。九州・福岡という土地で研究と大学発ベンチャーを精力的に進める安達センター長に、今回は次世代の有機ELの展望を含め、最新研究の内容について伺った。

次世代を担う、ポスト有機ELの開発
Q:最新の研究の概要についてお聞かせください。
有機ELの基本技術について、長い間研究を行なってきました。
現在は研究の半分以上を、ポスト有機ELとして、次世代のデバイスの開発に充てています。私たちは企業ではなく大学にいる以上、やはり「Zero to One」の研究にチャレンジして行かなければ、ここにいる価値がないのではと思っています。企業でできることを大学でやっても仕方ないですから、大学でなければできない研究をしていこうと決めています。
応用研究だという見方をされることもありますが、それには大きな違和感を感じます。私たちは、未だ未開拓のサイエンスの根本に根ざしたところに焦点を当て、それを画期的なデバイスまで繋げていこうと考えています。デバイスまで仕上げることでごまかしが効かない、真実のサイエンスに到達することができると思っています。
今回私たちが行なった“第三世代の有機EL発光材料の開発”というミッションは、非常に簡単な炭素素材で電気を100%光に変換できるようにすることでした。というのも、従来の有機ELの材料は、イリジウムや白金などのレアメタルを含んでいました。しかしコストが高いことや希少資源の問題があり、外国との貿易関係によっては使えないこともあります。それをプラスチックの素材である炭素化合物だけで、電気を100%光に変えることにチャレンジしました。
Q:「炭素化合物が光る」といってもイメージしにくいのですが、身近に素材はありますか?
皆さんの使っている身近な素材にも光るものはたくさんあります。例えば蛍光ペンや洗濯用洗剤なども光るものです。洗濯用洗剤には大きく分けて2つの効果があって、一つは汚れを落とす効果、そしてもう一つは服の繊維に光る物質をつけて白く見えるようにする効果です。実際は黄ばんでいる服でも、この物質が付いていると蛍光灯などの光が当たった時に青く発光するために、白く見えるのです。このように、身の回りには光る物質がたくさん使われています。他には、紙幣の偽造防止にも使われています。
有機ELの発光効率を格段に上げた、ある発見
Q:発光効率を上げるためには、基本的にどのような考え方が必要なのでしょうか。
まず、「有機物・プラスチックがよく光る」のは、研究者の間では当たり前の事実です。ミッションはいかに100%の量子効率で電気を光に変えるかですが、ここで出てくるのがTADF(熱活性化遅延蛍光)という現象です。実は、TADFは1940年代の昔から知られているもので、10年に一度くらいのペースでいくつかの研究成果が出るような技術でした。これは励起三重項エネルギーを励起一重項エネルギーにアップコンバージョン可能なユニークなプロセスです。
TADFを使うと、非常に巧妙に電気を100%光に変えることができます。この技術は画期的な分子設計によって2012年に完成し、世界中の研究者の追試を経て、本物であると知られるようになりました。この技術は教科書にも少し載っている程度の基礎的な話なのですが、基礎的な現象の把握以外はまだ未開拓の研究分野でした。
有機ELは、プラスとマイナスの電流を衝突させて、エネルギーの高い状態を作ります。これを励起状態といいます。電子は本質的にスピンを持っていて、コマのようにくるくると回って自転と公転をしています。そして、上向きのコマと下向きのコマが組み合わさって、励起一重項の状態になります。励起一重項から発光する現象を蛍光と呼びます。例えば先ほどの洗剤などはこの一重項の状態から光ってきます。
さらにスピンの組み合わせには、もう3種類あり、上と上、下と下、上と下でもちょうど位相が揃っているものです。この3つを三重項と呼んでいます。このように、様々な電子状態のコマがあって、そのコマに対して電流励起下では4通りの組み合わせができることになります。励起一重項状態は25%、励起三重項状態は75%の確率でできます。世の中に存在する多くの物質は、実は蛍光材料です。蛍光材料は一重項から発光しますから、電流励起下では25%しか光らないことになります。つまり後の75%は捨ててしまうことになります。
有機ELの初期においてはこの一重項だけを使っていたため、発光効率が本質的に低い値に留まっていました。そこで、もし三重項を使うことができたら、効率がぐんと上がります。これが実現できるかもしれないとわかってきたのが2000年頃でした。そして、イリジウム化合物を使うと高い効率が出ることもわかってきましたが、イリジウムを使うとなるとコストの問題が出てきます。そこで、イリジウムを使わずに高い効率を出すためにはどうすればいいかと考え始めました。そして、イリジウムを使わずに三重項の発光を光として取り出す方法にたどりつきました。
通常、励起三重項状態は励起一重項状態よりも必ずエネルギーが低く下の位置にあります。コマのイメージでいくと、自分と反対の向きに回っているコマ同士は強く結合しようとしますが、同じ向きに回っているコマ同士は離れようとする性質があります。くっついているものを引き離そうとするとよりエネルギーが必要になりますから、コマ同士が離れているほうがトータルで見てエネルギーは低くなります。つまり励起一重項状態はよりくっつこうとするため、離れようとする励起三重項状態よりも高いエネルギーになります。ところが、励起一重項と三重項状態のエネルギーのギャップをうまく分子を設計することで、人工的に制御できることに気がつき、実際にほぼゼロギャップとすることに成功しました。
三重項はスピンが同じ向きを向いているので、元に状態にはなかなか戻ろうとはしないのですね。例えていうと、励起状態はプールだと考えてもらうと、プールの下に穴が開いていると。励起一重項と三重項状態を比較すると一重項の方に圧倒的に大きな穴が空いているので、二つの水面が揃うと、底の穴の大きいほうから水が漏れますよね。そんな感じで、励起一重項と三重項のエネルギーの両方が一重項から放出されることになります。
有機物には、無限の可能性がある
私がすごいと思うのは、やはり有機物そのもののポテンシャルです。有機分子は人工的に様々な分子を設計できます。例えるなら、レゴブロックのようなものです。子供がレゴブロックで様々なものを作るように、研究者たちも新しい分子を自由に作れるのです。私たちが作った分子は、電気を光に100%の量子効率で光に変換できる分子なのですから。
2012年にネイチャーに発表した分子構造は、実験室で1時間ほどで合成できてしまう比較的簡単な分子です。対称性があって美しい分子は、結構簡単に合成できる場合が多いですね。私たちが分子を設計するときは、いつも、量子化学の原理に立ち戻ります。励起一重項と三重項状態間ににエネルギーギャップがあることは、以前から理論的にはわかっていました。大学の物理化学の授業で教えるような内容ですし、その関係式も皆が目にしています。しかし、それを「小さくしよう」とまでは、誰も思わなかったのですね。
いまでは、光の三原色(RGB)のどんな色でも発色できるようになってきています。近赤外発光もできます。このようなアップコンバージョンが起きるのを発見したのは、2009年頃でした。しかし、そのときの変換効率は実は0.1%でした。正直、誰からも見向きもされなかったと思いますが、研究室の中では「これはいける」と思った瞬間でした。あとは分子構造の最適化だと思い、徹底的な分子設計を続けていき3年ほどで完成しました。研究が進む時は本当に一気に進むものだと実感しています。
研究の足がかりになるのは、やはり数式ですね。理論的な背景はとっても大切で、しっかりした理論があるから、やればできると信じることができます。この背景がないと、闇雲にやってみるだけで、結局上手くいかないケースが多いと思います。
私どもの研究室には物理と化学を専門とする両方の研究者がいます。物理の理論としてこういった考え方があるから、こんな分子を作れば上手くいくという考えの流れが斬新な研究を進めるための駆動力と思っています。一方で、プロフェッショナルな合成屋がいるからこそ、多彩な分子の創成に繋がっています。その意味では、物理と化学の融合が上手くいっていると感じています。
まだまだ、有機物は自由度が高いと感じています。今回TADF分子の創出は始まりであって、今後、様々な機能発現が期待できると思います。その意味ではいまはまだ扉を開けたばかりで、その向こうにはとてつもない世界が広がっている気がします。有機物は生体との親和性が特に高いです。まだ有機デバイスは固体デバイスが主流ですが、今後はフレキシブル化が進み、さらには、生体適合性の高いデバイス、体の中に入れても使えるデバイスなども出てくるのではないかと期待しています。
半導体レーザーの開発
私たちが次に目指しているのは、有機半導体レーザーの開発です。基本的に、有機ELはLEDなので、電流密度を上げていけば、いつかは反転分布という現象が起きてレーザー発振するだろうと考えています。
反転分布は、励起状態の数が基底状態の数よりも多くなる現象です。物質にタネ光が入ってくると、タネ光と同じ位相で光が放出されます。励起状態の分子が、入ってきた光と同じ位相の光を次々に出してきます。そうすると、どんどんその光が強くなってレーザー発振に至ります。
これも現時点では誰もできないことだとされている、非常に難しい技術です。しかし、私たちは問題点も把握していますし、それを一つずつ解決していけば突破口が見つかるだろうと考え、チャレンジしているところです。有機半導体レーザーが実現すれば、可視域全域のレーザー光を出すことができ、大きなメリットがあります。例えば無機のレーザーは460ナノメーターや530ナノメーター、680ナノメーターなどという特定の波長の光しか出すことが出来ません。しかし、有機でレーザーができるようになれば、任意の波長で発振することができます。アプリケーションですが、様々な用途が出てくると思っています。
有機ELひとすじで研究
Q:どのような経歴をたどってこられたのでしょうか。
九州大学の大学院時代に有機ELの研究に着手し、5年間本当に没頭しました。その後は民間企業に就職し、研究職として4年半研究所にいました。そこでは有機合成とか材料の合成、もちろんデバイスなどもやって実用化しようと研究に取り組んでいました。しかし、途中で有機ELの研究が中止になったこともあり、信州大学に移りました。信州大学には僕が学生の時から目をかけていただいていた先生がいらして、その先生から新しくラボを作るから来ないかと声をかけて頂きました。
信州大学には3年ほどいて、その後はアメリカのプリンストン大学に移りました。プリンストンには有機エレクトロニクスの分野で有名なForrest先生がいらして、その先生にもずいぶん前から声をかけていただいていました。先生からメールが来て、再度お誘いを受けてからは迷うことなくアメリカに向かいました。プリンストンには3年ほどいましたが、365日、本当に休みなしで頑張って研究に取り組んでいたと思います。
その後は北海道の千歳科学技術大学に移りますが、この大学は千歳空港の横にある千歳市が作った大学です。千歳科学技術大学では新しくラボを作って、准教授・教授とあわせて5年間過ごしました。元々5年間の契約だったのもあり、2005年に九州大学に戻って来て今に至ります。ですから現職が一番長くなりますね。すでに12年になりますが、それほど長くここにいる気がしませんね。
福岡という立地から、ベンチャーを生み出す
Q:現在、九州は福岡という立地で研究されていますが、どのような環境だとお考えでしょうか。
TADFという技術を世の中で実用化するべく、2年前にKyuluxという大学発ベンチャーを作りました。九大から出た技術をKyuluxで実用化・開発するためです。現時点で30人ほどのメンバーが集まって、福岡とボストンの2拠点で徹底した研究開発を進めています。私たちの興味があるのはやはり基礎研究ですが、せっかく出た画期的な基礎研究の成果ですから、きちんと実用化まで育てて世の中に出していきたい強い気持ちがあります。
もう一つ別の視点から見ると、福岡はすごく住みやすくて快適な都市だと思います。北九州は重工業が盛んな地域ですが、福岡はどちらかというと商業の街でしたが、今の高島市長はとてもアグレッシブで「福岡からイノベーションを引き起こす」べく、スタートアップを精力的に支援していただいています。どちらかというとIT系が中心ではありますが、今後、ナノテクノロジーやマテリアル、デバイスなどの分野も育てて、ITとナノテクノロジーが結びつくことはすごくメリットがあると思っています。
分子設計にしても、今はコンピューターで設計する時代です。研究者の勘ももちろんですが、AIによるシミュレーションが大きな力になります。今までにやっていた研究の方法も大きく変わっていくと思いますし、まさに研究開発も大きな転換期に来ていると言えます。
九大には、次の時代を開拓できる若い人たちが集まっていますから、今後の展開が楽しみです。僕は様々な地域で研究開発を進めてきましたが、米国があれだけ強いのはやはり世界中からトップクラスの優秀な人たちが米国に集まってきているからだと思います。日本人だけでやっていても発想が限られてしまいます。世界中から福岡に優秀な人を集めて世界の最先端の開発をするような体制を是非作りたいですね。そうしなければ日本は生き残れないのではないかと思います。
Q:有機ELやナノテクノロジーの分野で、日本の立ち位置はどうお考えですか?
正直な話、非常に厳しい状況にあると思います。特に、日本はエレクトロニクス関連の企業は、非常に厳しい状況です。韓国・中国はトップダウンで迅速に未来を描いて、先端工場に投資していますが、日本は決断が遅いことや、既存技術に対して保守的な部分が多く、世界のスピードについて行けていないように感じます。アプリケーションプラットホームの部分でも完全に米国に押さえられていますし、材料の部分でなんとか世界で優位性を保っているように感じます。福岡から様々なイノベーションが生まれるような体制を作って、アプリケーション、デバイス、材料のビジネスを融合して、世界をリード出来るビジネス戦略があるといいのですが…。
Q:研究室では、どのような学生像を求めていますか?
学生は本当に金の卵だと思っています。やはりイノベーションは20~30代が一番上手くいく時期ですから。特に大学院の時代は、僕自身も本当に24時間、研究のことだけを考えていました。
若い人のほうが良いのは、先入観がないのも理由の一つです。僕が「絶対にできるよ!」と言えば、学生さんは「わかりました!」とやってくれるわけです。それがシニアの研究者になると、様々な知識と先入観から「できないだろう」と思ってしまう、すると本当にできなくなってしまうのです。本当にできると思って取り組むのが大切ですよね。できると思った瞬間に、様々なことが組織化されて、できる方向に向かっていくのだと思います。反対に、できないと思った瞬間に、できるための道が閉ざされてしまうかもしれません。僕自身がこういった体験をしてきたのもありますが、できると言い続けていれば本当にできるのだと、学生に実感してもらえる体験をさせたいと思います。
僕が学生の時は電子輸送材料の発見に取り組んでいました。その当時、有機物は、ほとんどがプラス(+)の電流を運ぶ物質で、いわゆる電子(−)を運ぶ物質はほとんどありませんでした。僕はまさに「ここだ!」と思いました。無機の半導体は全部電子とホールと電子を輸送する物質の2つからなっています。しかし、有機には電子を輸送する物質が欠けていました。学生ながらに、この両方が揃ったらすごい展開が可能になると思い、そこにターゲットを絞っていました。多くの人は難しいと思っていたはずです。しかし、そのときは、若いからこそ、できるかもしれないという信念が、電子輸送物質の発見に繋がった様に思います。
学生さんにも「ここかな?」というポイントに自分で気づいて、そこに、猪突猛進で突っ込んでもらいたいです。やはり学生の時にこういった体験をすれば、その先もずっと続けていけると思います。大学には、そのためのチャンス、時間、自由度があるのですから。
Q:企業との連携についてどうお考えでしょうか?
今は大企業も厳しい時代だと思います。僕はこれからの日本を変えていくのはベンチャーだと考えています。やはり大学からタケノコのようにたくさんベンチャーをどんどん作っていって、そのうち1つでも成功すればいいのではないかと思います。アメリカでも100個のベンチャーがあったとして、成功するのは1つか2つです。少ないように感じるかもしれませんが、この1つか2つがとてつもなく大きなビジネスに繋がっています。日本でも、ベンチャーが立ち上げやすい体制を作ってあげて、リスクをとった人たちがきちんと恵まれる社会を作れたらいいですね。
学生になぜ大企業に行きたいのかと聞くと、大体は安定しているからと言います。やりたい仕事がその企業でなければできないからなどの理由であれば納得もできますが、それは何か違うのではないか、と感じます。大学発のイノベーションができて、ベンチャーができる。それがうまく産業まで回っていくような体制を作っていくエコシステムが必要であると思います。
九州大学には、リーディング大学院分子システムデバイスコースという、アントレプレナーシップ教育を組み込んだ物質系の特別な大学院のコースがあります。5年間一貫の博士課程です。一年弱の海外留学、徹底したアントレプレナーシップ教育に加えて、先端の研究・開発ができる能力を育てるためのコースです。ここの卒業生がどんどんベンチャーを作ってくれたらと期待しています。(了)

安達 千波矢
あだち・ちはや
九州大学最先端有機光エレクトロニクス研究センター長・主幹教授
九州大学大学院総合理工学研究科 材料開発工学専攻博士課程修了(工学博士)。1991年に株式会社リコー入社。1996年、信州大学繊維学部機能高分子学科助手となり、1999年にプリンストン大学Center for Photonics and Optoelectronic Materials研究員。その後、千歳科学技術大学光科学部物質光科学科 助教授、教授を経て、2005年に九州大学未来化学創造センター教授、2010年に九州大学応用化学部門教授となる。2013年、JST ERATO 安達分子エキシトン工学プロジェクト研究総括。