在宅医療や遠隔医療のニーズの高まり、スマートフォンなどのウェアラブルデバイスの普及により、食品ラップフィルムより薄い次世代のフレキシブルエレクトロニクスの研究が盛んに行われて、さまざまな電子素子が開発されている。特に、極薄ディスプレイや極薄太陽電池などの柔軟な電子部品の開発は進んでいるものの、それらを接合したり集積化する技術の研究が遅れている。こうした中、世界で初めて、「水蒸気プラズマ処理」を用いてフレキシブルエレクトロニクス同士の無接着剤の直接結合を実現したのが、東京大学 大学院工学系研究科 総合研究機構 高桑 聖仁助教である。本記事では、高桑助教に「水蒸気プラズマを用いた接合」技術のメカニズムや今後の展望について伺った。

無接着剤の直接結合が可能な「水蒸気プラズマ処理」で柔軟性を保持
Q:研究概要を教えてください。
私が取り組んでいるのは、食品用ラップフィルムのように曲げたりくしゃくしゃにできるフレキシブルエレクトロニクスを、接着剤を使わずに電気的に接合する技術の開発です。例えば、ペラペラな心拍センサーを作るには太陽電池と脈拍センサーの別々のフィルムを電気的に接続することで、人の心拍を測定できるシステムを作製できます。現状どのようにペラペラな素子を接続しているかというと、「両面テープ」が一般的に使われています。
フィルムとフィルムの間に、導電性のある両面テープを入れて電子素子同士や配線とセンサをつなぎ合わせています。このような接着剤を使用する従来の手法で接続すると、接着剤自体の厚みにより、接続部が元の約5倍以上の厚みになってしまいます。その結果、素子同士の接合部は厚みにより柔らかさを失ってしまう問題が生じていました。
分かりやすい例を挙げると「金箔」です。金箔は金を極限まで薄く加工したもので、非常に繊細で、くしゃくしゃに丸めたり折りたたんだりすることができます。一方で同じ金という材料であるのに「金塊」のように厚みのある塊状に形成すると、非常に頑丈で曲げることが困難だとイメージできると思います。つまり一般的に、物体は厚みがあるほど硬さを増します。この特性は「曲げ剛性」という概念で説明され、物質固有の柔軟性よりも物質の厚みが柔軟性に対し非常に大きな影響を与えるとされています。
そこで、私は「エレクトロニクスの接続部に厚みがあるのが非効率なら薄くすればいい」というシンプルな発想のもと、接着剤を使わずに2つのフィルムをつなげることにしたのです。その際活用したのが「プラズマ処理」による直接接合技術でした。2枚の100nm厚の金配線をフィルム上に作製したペラペラサンプルに対して、水蒸気プラズマを照射し、高エネルギー状態にした後、大気中でプラズマを当てた表面を重ね合わせます。すると、金と金の界面ではエネルギーがを安定するように原子が界面を越えて移動するため、大気中、常温で金属結合が生じる仕組みです。
その化学反応を利用することで、接着剤を使用しなくても別々だった金属フィルムが1枚につながります。常温(低温)常圧でも行えますが、それだと約12時間かかってしまうため、材料の耐熱温度未満で加熱すると処理時間を短くすることができます。例えば、100℃で30分〜1時間程加熱すると接合できます。これまでの研究でもプラズマ処理を行うと、界面が消え、原子レベルの高い結合が見られました。
この「プラズマ処理による常温常圧接合」は、1990年代ごろから半導体製造分野での利用を想定し開発された技術です。シリコンウエハー上に形成された素子の金属電極を接合するために用いられていました。ただし、この接合技術には極めて高い平坦性が求められ、接合可能なのは表面の粗さが約1ナノメートル未満の非常に平滑な金属電極同士に限られていたのです。
一方、私の技術では、従来の6〜7倍の粗い表面を持つ金属電極でも接合できることが研究によって実証されています。この成果を可能にしたのが、「水蒸気ガス」を活用したプラズマ処理技術です。水蒸気の影響で表面の一部に水酸化物が残ります。それによって、粗い表面同士の重ね合った空隙に対しても水素結合が作用し、界面の密着性が向上することが分かりました。界面が強く密着するために水蒸気プラズマを使用したことで、フレキシブルエレクトロニクスの基板として用いられる薄膜ポリマーのような粗くザラザラな表面に作製した金属電極同士でも原子レベルの強固な結合が実現しています。
Q:この「水蒸気プラズマ処理」に取り組もうとしたきっかけは何だったのですか?
元々、数ミクロン厚の極薄有機太陽電池の研究開発を学部生の時に行っていました。しかしこの研究でも測定の際に、測定装置とペラペラ太陽電池を導電性両面テープを使って接続していました。学部生時代の研究を通し素子も接合部もすべて薄くて柔らかいフレキシブルエレクトロニクスを作る事が実用化に向けて重要だと感じました。いくつか手法を試す中で、「水蒸気プラズマ処理」の機能に、金属同士が接合する現象を偶然見つけたのがきっかけです。もともとは「水蒸気プラズマ処理」が持つ還元作用を銀の電極材料の表面処理などに利用していましたが、その実験の中で、さきほどの直接接合の機能を発見したのです。
この接合は金属結合由来の接合であるため、優れた接合強度を示します。金電極をもつ数ミクロン厚のポリマーフィルムを接合し、そのあとに引っ張り試験を行うと、接合部以外の場所から破れます。つまりフレキシブルエレクトロニクスの集積化用途では十分な接合強度を示しています。現在はさらに接合強度を高めるために、電極とポリマーの両方を同時に接合する技術を開発しています。
Q:その新たな研究についても、詳しく教えていただけますか?
フレキシブルエレクトロニクス同士の接続部は、金属電極だけではなく基板のフィルム同士が接する部分もあります。以前の研究では電極同士は接合してもフィルム同士は接合しないので、電極の幅や大きさが小さくなると接合できる面積が減り、接合力が低下する問題がありました。この問題は、製品の小型化に伴う電極サイズの減少が起こると、くしゃくしゃに曲げたり伸ばしたりしていると接続部から破れたりする接合信頼性に関わる重要な問題でした。そこで金属同士、ポリマーフィルム同士、この両方が同時に接合できる新たな直接接合技術が必要でした。
一般的なポリマー基板の接合では熱圧着接合が使われます。例えば、フレキシブルエレクトロニクスの基板の1つであるパリレンフィルムの熱圧着接合では150℃以上の高温で直接接合することができます。しかしフレキシブルエレクトロニクスの基板は非常に薄いため、熱圧着接合のように表面だけ溶かして接合することは困難です。またフレキシブルエレクトロニクスに使われる有機半導体材料の耐熱温度は一般に100℃程度であるため、それ以上の高温をかけることはできません。つまり、100℃未満で金属とポリマーの両方の接合を達成しなくてはならないという課題がありました。
そこでまずパリレンフィルム同士の接合の低温化に取り組みました。そのために着目したのが水の可塑剤効果です。水をポリマーに吸着させると、水がポリマーの鎖の間に入り、ポリマー鎖間の相互作用が弱まり、分子運動がしやすくなる効果です。この作用により100℃程度の低温加熱でもパリレンの分子鎖が絡み合って接合する拡散接合を達成できると考えました。またポリマー中への効率的な水の導入には、水蒸気プラズマによる表面の親水化処理が有効だと考えました。ここで、金属接合とポリマー接合が水蒸気プラズマ処理で繋がり、水蒸気プラズマ処理を接合プロセスに組み込むことで同時接合を達成できると考えました。
実際に開発したパリレンと金電極のハイブリット直接接合技術では、水蒸気プラズマ処理後に、少量の水をパリレン接合界面に導入する事で、従来より50℃以上低い85℃という低温加熱でパリレンポリマーの直接接合を確認しました。接合界面を確認すると、界面に黒い線が現れていました。これは結晶性の高い部分であり、ポリマーが凝集している状態を示しています。このことから、界面で拡散接合がしっかりと起こっていると考えられます。また金電極の接合界面は、無加熱のものよりも原子拡散が進行し、界面を貫通するように金属結晶が発現していたため、強固な原子レベルの金属結合が生じていました。その結果破壊試験を行うと、最初に説明した金電極のみの直接接合に比べ、このハイブリット直接接合は、8倍以上の接合強度を確認しました。
またこの技術は、接合力と電極サイズのトレードオフ関係を克服したため、配線幅と配線同士の間隔が0.5µmの超高解像度なフィルムの配線の接合にも対応しています。さらに金属結合由来の接合のため接触抵抗も0.3mΩ/㎟と極めて低く、センサーで取得したシグナルにノイズがほぼ入ることなく、処理装置に送ることが可能です。このようにフレキシブルエレクトロニクスの柔軟性を維持したまま高解像度かつ高い機械的耐久性を実現したため、フレキシブルエレクトロニクスの実装技術として十分なポテンシャルを持っています。
この技術を活用して、いくつかの極薄フレキシブルエレクトロニクスのシステム化にも取り組んでいます。東京大学 染谷 隆夫先生、横田 知之先生が研究されている極薄太陽電池と極薄有機LEDを集積化した自己発光システムのデモンストレーションや極薄有機光検出器と極薄有機LEDを集積化した光学式脈波センサーの開発を行いました。接着層がないことでシステムをくしゃくしゃにしても壊れることなく動作することを確認しました。
その他には、曲げると電気抵抗が変わる、薄膜のSiひずみセンサーの無接着剤の実装研究にも取り組んでいます。5μm厚のシリコン製「曲げセンサー」と2µm厚パリレン基板上の外部配線を直接接合技術で集積化しました。従来は、外部の配線とセンサーの間に接着剤を足してつないでいましたが、曲げると接着層が破損したり、検出感度が低くなったりする課題が見受けられました。今回の研究では、無接着剤による直接結合を行ったところ、非常に感度がよく、かつ数十万回曲げても壊れない「ひずみセンサー」を開発することができました。手の関節部分に活用すれば、VRグローブとしてメタバースにも応用できます。同様に手にも貼り付けられるため、遠隔手術を含む遠隔医療への活用も期待されています。
さらには直接接合技術を用いて、静電容量式の圧力センサーも開発中です。これは2枚の帯電フィルム同士を直接接合技術で部分的に接合することで、フィルムに加わる圧力を高感度に取得することが可能です。新型コロナウイルス感染症の拡大期だったので、このセンサーをマスクの内側に装着することで、人の呼吸状態のセンシングを可能にしました。例えば、「いま呼吸が早い」「呼吸不全になっている」などといった呼吸状態を観察することができます。また取得したデータを情報技術やAI技術と統合することで、感染症に特有の呼吸パターンを検出して、発症予測に応用することも可能になると考えています。
Q:先生の取り組んでいる研究の独自性は、どんな点にありますか?
直接接合技術をフレキシブルクトロニクスの研究に融合させた点だと思います。それを実現するために、シンプルですが「接着剤を使わない方法」を発想できたこと。そして、水蒸気プラズマという興味深いガス源を使うことでシリコンウエハー上の実装技術として使われてきた直接接合技術を実際にフレキシブレルトロニクス領域に転用できることを発見したこと。この1つの発想と、1つの発見を結びつけられたことが、独自性を生み出す要因になったと思います。
「水蒸気プラズマ技術」はプラズマ条件によってプラズマ状態がさまざまに変化するので、極めて取り扱いが難しいのですが、最近ようやく安定したクオリティを提供できるようになってきました。「水蒸気プラズマ技術」を直接接合に活用した私の論文は2021年に発表しましたが、同様の研究は他では見られず、おそらく私の研究が、この分野での最初の事例にあたると思います。
目指すは、簡単に脱着できる機能性を持った「接合技術」
Q:研究における課題があれば教えてください。
産業化を考えたときには、「アライメント」が問題になってくると思います。アライメントとは接合部の位置合わせのこと。最新フレキシブルエレクトロニクスの最小サイズはマイクロメータースケールであるため、接合技術もそれに合わせてマイクロスケールの解像度が要求されます。
開発した直接接合技術は、5µmの解像度を有していますが、手動のアライメントを行っているため歩留まりは50%程です。産業展開を考えると歩留まりよく接合する必要があるため、ペラペラのフィルムを高解像度に接合する専用の機械の開発などが欠かせません。
また、接合できる素材を増やすことも今後の課題です。現状の接合可能金属は、金、銀の2種類です。銅やアルミニウムなどの反応性の高い金属電極の接合にも挑戦しています。
Q:この分野を目指している、学生に伝えたいことはありますか?
今の時代、どんなこともスマホが1台あれば、その中で完結するようになってきました。何でも疑問の答えを手軽に見つけることができる世の中です。しかしそれで満足してしまっていると、実は見て触れて何か考えるというフェーズがスキップされてしまうのかなと思います。
本来は肌に触れて、自ら考えることで、気づきや学びというフィードバックが得られます。私たちが取り組んでいる実験系の研究は狙って成果が出るものもありますが、手を動かして初めて発見したり別の可能性に気づいたり、新たな学術的価値が創出されることも少なくありません。そのため面倒くさがらずに、ラボにきて自分で実験をアレンジして、その結果を考察してみることが肝要です。
例えば、マニュアルには「AとBを混ぜればいい」と書いてあっても、「試しにCの材料を混ぜてみたらどうなるだろうか」、そういう好奇心を持って違ったことに取り組んで、自分自身で感じてほしいと思います。こうしたチャレンジングな取り組みは企業に勤めることになっても必要になってきます。たまには効率性を無視して取り組んでみる。そういった回り道をすることで、意外な発見や気づきに出会えることも少なくありません。
Q:今後の展望をお聞かせください。
これまでの研究で、高い「柔軟性」と機械的な「耐久性」を達成できたので、次に目指すのは「機能性」です。スマートフォンやパソコンなどの製品は、故障すれば壊れた部分だけ取り替えることで、使えるようになっています。つまり、デバイスごと買い換える必要がありません。
しかし、フレキシブルエレクトロニクス領域では接着剤または先ほど紹介した直接接合技術で一度集積化してしまうと、分離することはできず、システムのどこかが壊れた瞬間にすべて新しい部品に取り替えないと機能しない状態になってしまいます。こうした状況を解消するためにも、次の目標は、柔軟かつポリマーや金属の脱着を簡単にできる、機能性を持った接合技術の実現です。
具体的には、極薄センサーや太陽電池等は異なる半導体材料を用いて作製されています。そして材料によって熱に弱い、光に弱い、湿度に弱いなど様々な特性をもっています。そのためそれらが複合的に組み合わさるフレキシブルエレクトロニクスシステムでは、寿命が異なる素子が混在しています。1週間しか持たないものもあれば、数ヶ月持つものもあります。例えば、LEDと太陽電池を組み合わせたシステムを考えた場合、LEDの寿命が短いため、従来の剥がれない接合だと、LEDが壊れると太陽電池も使えなくなり、システム全体を廃棄しなければなりません。しかし、脱着可能な接合を利用すれば、壊れたLEDだけを交換して、太陽電池はそのまま利用できるため、資源の無駄を減らすことにもつながります。
この技術は、持続可能性(サステナビリティ)の向上にも寄与し、将来的には多くの分野で活用できる可能性があります。そのためにも、機能性を持たせた接合技術の実現に向けて、まずはチャレンジしていきたいと考えています。

高桑 聖仁
(たかくわ・まさひと)
東京大学 大学院工学系研究科 総合研究機構(兼担 電気系工学専攻)
助教
2019年 早稲田大学 創造理工学部 総合機械工学科 卒業。2021年 早稲田大学 大学院創造理工学研究科 総合機械工学専攻 修士課程修了、2023年 同大学 大学院創造理工学研究科 総合機械工学専攻 博士課程修了、博士(工学)取得。2018年 特定国立研究開発法人 理化学研究所、創発物性科学研究センター創発ソフトシステム研究チーム 研修生、2021年 独立行政法人日本学術振興会 特別研究員DC1を経て、2023年4月より現職。