生物の活動において、知覚センサーやエネルギー源として役割を果たすのが、さまざまな光受容タンパク質である。光受容タンパク質「ロドプシン」は、動物や微生物の生体内で、視覚情報の伝達や光によるイオンの輸送を行う物質であるが、近年まで分子メカニズムの解明が進んでおらず、その全容が判明していなかった。こうしたなか、先端的分光法を用いて、微生物型ロドプシンを中心としたそのメカニズム解明を目指しているのが、東京大学物性研究所・機能物性研究グループの井上 圭一准教授だ。
今回は井上准教授に、ロドプシン解明による生体メカニズムの解明や、オプトジェネティクス技術、視覚再生への応用などについて話を伺った。
微生物が持つロドプシンを研究
Q:まずは、研究の概要について教えてください。
私たち人間は、大部分は水とタンパク質からできています。人間のDNAの配列上にある遺伝子にはタンパク質の情報が保存されており、その情報にしたがって2万種類程度の様々な機能を持つタンパク質がつくられます。
その中でも、私たちの目には光を捉える特殊なタンパク質があり、それによって物の形が見え、色がわかるようになっています。カメラでいうなら、センサーの役割をする部分です。
こういった光を捉えてはたらくタンパク質は「光受容タンパク質」と呼ばれます。
人間の目には視覚に用いられる「ロドプシン」という光受容タンパク質が4種類ほどあり、それが光を受け取ることで、シグナルが細胞を通じて脳に伝わって物が見えます。暗いところでも物が見えるような、感度のいいロドプシンが1つ。あとの3つは、明るいところで色を見分けることができるロドプシンです。
テレビの色味などにはRGBと呼ばれる、赤・緑・青の3色が使われています。人間の目には、この3色の波長を吸収するロドプシンが備わっているため、色を認識することができるのです。
一方で私が主に研究しているのは、微生物が持つロドプシンについてです。バクテリアをはじめ、海や土の中にいるような目に見えないサイズ、基本的には一つの細胞で生きているような微生物です。
そういった微生物もロドプシンを持っていますが、彼らには目がありません。ですから、物を見るということにはロドプシンを使っていないわけです。
実は、人間のロドプシンと微生物が持つロドプシンは全く違うもので、微生物が持っているものは、光のエネルギーを使ってイオンを運んだり、光に対して遊泳するときのセンサーとして働いたり、そのほか様々な酵素機能を発現するために存在しています。
人間の目には4種類のロドプシンがありますが、微生物の場合一つの生き物であれば、1種類あるいは数種類ということがほとんどです。
ただし、微生物界全体となると約1万種類もあることがわかっています。その中で、今までにきちんと機能を調べられているものは70から100種類ほど。まだ調べられていないものがほとんどなのです。また、1万種類というのも、現在わかっているだけの数ですから、この先もどんどん増え続けるでしょう。
では、「機能発現メカニズム」とはどのようなものかといいますと、微生物のロドプシンで一番多いのは、光のエネルギーを使って水素イオンを細胞の中から外に運ぶものです。
なぜ水素イオンを運ぶのかというと、例えば私たちが呼吸をする時は、酸素のエネルギーを使って、水素イオンを細胞の中にあるミトコンドリアの中で輸送しています。すると水素イオンの濃度差ができるので、水素イオンは元に戻ろうとします。その戻ろうとするエネルギーを使って、高エネルギー物質である「アデノシン三リン酸」というものを合成することで、私たちは活動できるのです。 これが、酸素を吸うことで活動ができるメカニズムです。
一方のバクテリアは、これと同じようなことを光で行なっています。光のエネルギーを使って水素イオンを運ぶことで、バクテリアも生きることができる。バクテリアにとって光を使った呼吸のようなことなのです。
Q:実際の観察はどのように行なうのでしょうか。
ロドプシンは光を吸収すると機能を出しますので、光を使った時にどのように動くのかを観察していきます。
例えば、ロドプシンが水素イオンをどのくらいのスピードで運ぶかというと、「10ミリ秒」ほどです。100分の1秒で大体のことが終わってしまうので、人間の目で見ていても何が起こっているかは速過ぎてわかりません。ですから、もっと高い時間分解能で分子の動きを見ることができるような手法を使わなくてはなりません。
そのために私たちは、ナノ秒(マイナス9乗)の照射時間を持つレーザーを使って、動きをリアルタイムで追いかけるシステムをつくりました。
そしてロドプシンは太陽光(可視光)を吸収するので、人間の目で見ると非常に鮮やかな色がついていて、それぞれのロドプシンごとにその色が異なります。これは、ロドプシンの中に入っているレチナールが、ロドプシンの影響を受けて吸収する波長を変えるので、色が変わって見えるわけです。タンパク質がイオンを運ぶときも色が変わるので、それを見たらタンパク質が動いたのだということがわかります。ですがこれだけですとレチナール周辺の変化しかわかりません。
例えばタンパク質はアミノ酸でできているのですが、アミノ酸自体に色はありません。可視光では見えないので、赤外線を使うなど見たい部位によって使う波長を変え、先ほどのレーザーと組み合わせて速い動きを追うことで、全体のメカニズムを解明しようとしています。
Q:研究に至るまでには、どんな経緯がありましたか。
学生の頃から、ほぼこの分野一筋でやってきました。大学院生の頃、ロドプシン研究はひと通りの研究が済んでいたこともあり、終わりを迎えるのではないかといわれていました。私が学生の頃は、微生物のロドプシンというと10種類くらいしか認識されていなかったのです。 しかし、様々な生き物のゲノムを読む技術が、ここ数年でかなり進化したことで、存在するとされるロドプシンの数がここ数年で1万種類にまで増え、大きく状況が変化しました。
そのため再度研究分野が盛り上がり、それによって私もロドプシンの研究を続けてこられたという面があります。
また、この分野を研究しつづけてきたもうひとつの要因として、近年始まったオプトジェネティクスの技術研究もあります。
視覚再生などに関する「オプトジェネティクス」という技術は、基礎研究というよりもやや応用に近いものです。
人間やマウスなど様々な動物の神経はあるタイミングで興奮するのですが、この興奮は細胞の内と外でイオンのやりとりをすることで引き起こされます。ロドプシンを人間の神経に入れてあげて光を当てると、神経が勝手に興奮状態になるのです。そのため、倫理的な課題は十分に検討する方法があるものの、この方法を使えば人間の運動を光でサポートし、感情や記憶に関する疾患の治療に応用できるようになるとされています。
このオプトジェネティクスの技術研究が、2005年頃から「生体を操作する技術」として報告され、それによりロドプシンが脳神経回路の研究や医療応用に使えるという考えが注目されはじめたのです。
こうした時代背景からも、ロドプシンについてもっと掘り下げて、メカニズムをきちんと理解してさらに良い分子をつくるということは、研究の応用にもつながると考えています。
例えば「網膜色素変性症」という目の病気は、人間のロドプシンが入っている「視細胞」が死んでしまう病気です。つまり、物を見るために必要なロドプシンが無くなってしまうのです。ただ、根元の神経細胞は生きていますから、脳につながる配線は生きていることになります。そこにロドプシンを入れてあげれば、視覚を復活させることができるのです。
このあたりの技術については、すでに臨床段階まで来ています。アメリカなどのベンチャー企業にも応用されていて、そういったところにもこの研究は求められているのではないかと思っています。
あらたなロドプシンを探求
Q:研究の課題としてどんな課題がありますか。
オプトジェネティクスについては、現段階ではイオンを運ぶことで神経を操作することができますが、まだ一度に運べるイオンの量が少ないといえます。もっとたくさんのイオンを通してくれれば、非常に弱い光でも神経を操作することができるのです。
現在の臨床応用では運ぶイオンが少ないので、例えば夏場の強い日の光の下であれば物は見えますが、月夜になるとほとんど見ることができません。もっと弱い光でもイオンをたくさん運べて、神経を興奮させることができるロドプシンをつくることが課題のひとつになっています。そのために私たちはあらゆる微生物を片っ端から調べて、新しいロドプシンを探し、より多くのイオンを運ぶ分子を探しています。
もうひとつの課題としては、多くのロドプシンは日光の一番強い緑色の光(500ナノメートルくらい)をよく吸収するといわれています。
例えば、脳の中でも深いところにある海馬などの神経を操作するとなると、可視光は脳の組織に散乱されてしまうので、表面までしか届きません。それをどう解決するかが課題です。
光ファイバーを頭にさして光を当てる方法は、オプトジェネティクス研究の初期から行われていますが、生体への負担がかなり大きくなってしまいます。そのため、なるべく脳の組織の散乱が少ない長波長の光を使って、体外から光を届けなければなりません。長波長の光、例えば近赤外線くらいになると組織の散乱が少なくなるので、脳の深部まで光を届けることができるのです。そのために、吸収波長をもっと長波長に最適化したロドプシンが求められています。
これについては、最近行なった研究により、タンパク質を上手くデザインすることで、従来よりも長波長にシフトすることができました。ただ難しいのは、タンパク質をいじると機能も同時に影響を受けることがある点です。蛍光タンパク質であれば色が変われば目的が達成されるのですが、ロドプシンの場合は色を変えることで、イオンを運ぶという本来の役割ができなくなっては話になりません。従ってイオンの輸送機能は保ったままどのようにして色を変えるかというところは極めて重要ですが、そのためには分子の構造を詳しく知っておかなければなりません。こういった部分も私たちの研究に求められているところだと考えています。
Q:この研究分野を志す学生には、どんなことが必要でしょうか。
私自身が化学出身で、大学に入るまで生物学を学んだことがありませんでした。ただ、自然界では化学科で勉強することよりももっと高度なことが行なわれています。
それらのメカニズムがどうなっているかもそうですし、それが自然界の多様性を生んでいるので、そこに興味を持ってきてくれる学生が多い印象です。
学生には、論理的に物事を考える力が必要だと思います。タンパク質はとても複雑なものですので、結果が出てもそれがすぐ答えに結びつくとは限らないので、自分の中で仮説を立てなければなりません。
そのために、分子の構造や自分のデータを丹念に見ることが重要です。タンパク質の中には300個ほどアミノ酸がありますが、その中で「この辺のアミノ酸が大事なのではないか」とか「この部位が重要なのではないか」といった作業仮説を立てることがすごく大事なのです。
そしてその仮説を検証するためにどのような実験をすればいいのかということを考えて、実験を適切にデザインして、実際に行なって、その結果をもとに解釈して次の仮説を立てるというような、論理的な構成力が非常に求められるのです。
Q:企業とはどういった関わり方をしていきたいですか。
よくお話をするのは、製薬会社ですね。最近は遺伝子治療ができるようになり、視覚再生などにロドプシンを使いたいという声がよくあります。
私たちはロドプシンが吸収する波長の制御ができるので、人間でいうところのRGBを揃えることができるわけです。これは世界的に見てもあまり行なわれていないことで、臨床では1つのロドプシンしか使っていないので、1つの色しか見ることができず、白黒にしか見えません。その波長を多様化させることによって、色覚も含めた視覚再生につながるようなロドプシンをつくってほしいというお話をいただくことはあります。
昨今問題になっているのは、どのようにして体内のロドプシンを操作するかというところです。それには、どちらかというと機械的なエンジニアリングが必要になります。
例えば光ファイバーをうまく脳深部に届ける技術開発もそうですし、そのほかに私たちの研究室で行なっているのは、神経細胞にロドプシンを入れて光を当てると、神経がすごく良く育つという研究です。
筋萎縮性側索硬化症(ALS)のように、神経の病気によって筋が萎縮して亡くなってしまうことは多くあります。神経の病気ですので、ロドプシンを使って神経を操作すれば、それを食い止めたり筋力を回復することもできます。
Q:最後に、今後の目標について教えてください。
ロドプシンには動物が持っているものと、微生物が持っているものの2種類があります。実は去年私たちは、それらに続く3種類目のロドプシンを見つけました。それを持っているのは微生物なのですが、今まで微生物が持っていたロドプシンとは全く違うグループのものです。世界中の生き物が私たちの知らない形で、太陽の光を利用していることがわかったわけです。
「ヘリオロドプシン」という名前ですが、光を吸収した時に何をするかがまだわかっていません。今までのようなイオンを運ぶものではないようなのです。また目を持っていない生き物から見つかったので、何かを見ること以外に使われているのだと考えています。
まだわからないことばかりなので、1~2年のうちに明らかにして、第3のロドプシンワールドを解明していきたいと思っています。(了)

井上 圭一
いのうえ・けいいち
東京大学 物性研究所 機能物性研究グループ 准教授。
2002年、神戸大学理学部化学科卒業。2007年 京都大学大学院理学研究科化学専攻・博士後期課程修了。博士(理学)。
2007年より東京工業大学資源化学研究所・ポストシリコン事業教員(特任助教)を経て、2009年より、名古屋工業大学大学院工学研究科未来材料創成工学専攻・助教を務める。
2016年、名古屋工業大学大学院工学研究科生命・応用化学専攻・准教授を経て、2018年より現職。