脳が正常な機能を発揮するためには、精密に配線された神経回路の存在が必要だ。自閉スペクトラム症(ASD)やてんかんなどの原因は、シナプス形成不全などの神経回路構造の異変にあるとされている。近年、このシナプス形成について、マイクログリアやアストロサイトといったグリア細胞が積極的に関与することが示されつつある。その解明をすべく、モデル動物を利用した健常脳および病態脳における神経回路形成へのグリアの関与を研究しているのが、東京大学大学院薬学系研究科 薬品作用学教室 小山隆太准教授だ。今回は小山准教授に、グリアとシナプスの関係性や、研究によって解決が望まれる社会的課題について話を伺った。
マイクログリアがシナプスを「食べる」機構を解明
Q:まずは、研究の概要について教えてください。
神経細胞同士がつながるシナプスは、数が多すぎたり少なすぎたりする状態が望ましくありません。偏りがあると病気になることがあります。シナプスの数を制御している主要な細胞のひとつが、脳の中の免疫細胞である「マイクログリア」です。このマイクログリアがシナプスを貪食することで、シナプスの数を制御する役割があります。
当研究室が最近発表した論文に、自閉症についての論文があります。これは母親マウスが妊娠中に感染すると、生まれてきた仔マウスのシナプスの量がうまく制御されず、将来自閉症様の行動をする、というものです。なお、生まれたマウスが成体期になったあと自由に運動をさせたところ、マイクログリアが活性化して余分なシナプスを貪食し、行動が元に戻るという内容でした。
このように当研究室では、「シナプスとマイクログリアの関係」を主要なテーマのひとつとして研究に取り組んでいます。
もともと、私が留学していたところのPI(Beth Stevens博士)が、マイクログリアがシナプスを貪食する分子メカニズムを発見した第一人者です。私自身は、留学前はマイクログリアの研究は全くしていなかったのですが、ポスドクとして留学していた時期にグリア生物学に覚醒し、現在はニューロン・グリア連関が研究の中心になっています。研究対象としては、もともと取り組んでいた「てんかん」の研究に加え、自閉症や環境問題についての研究も加わってきました。
この環境問題についての研究もご説明します。近年、問題になっているPM2.5。これについては精神疾患と環境汚染の相関関係などが報告されていますが、それはあくまでも相関関係なので不安を煽るだけの場合もあるでしょう。そこで、PM2.5は本当に脳の中に入ってくるのか、入ってきたらどうなるのかということを実験的に追求しています。
マウスの実験ではありますが、実はここでもマイクログリアという細胞が活躍しています。脳に入ってきたPM2.5を貪食する様子が見えつつあるのです。
PM2.5として、私の実験では黄砂の主成分であるシリカを使っています。シリカに付帯する様々な化学物質は、人体に悪影響を及ぼすとされています。
シリカが脳に入ると、「よくない物質だ」とみなされ、マイクログリアが貪食しにきます。シナプスの場合は必要なものとそうでないものを神経活動の強さ、弱さから選択しているとされますが、シリカの場合は単純に「異物」として認識されると考えています。
しかしながら、私たちが行なっている実験では、また別の発見が見えつつあります。マイクログリアはただ単に神経活動が弱いシナプスを貪食するというわけではなく、もっと別のメカニズムが働いている可能性があることがわかってきました。
Q:研究アプローチにはどんな独自性がありますか。
マイクログリアがシナプスを貪食する瞬間をリアルタイムイメージングで、観察しているところです。そして、シナプスを貪食する、貪食しない、をどうやってマイクログリアが判断しているのか、それを解明していきたいと考えています。
先ほどのPM2.5の実験についてですが、シリカが脳に侵入するということを逆手に取ると、様々な脳疾患に対する新たな治療法の確立につながる可能性があります。具体的には、シリカに薬物を充填して脳まで運ばせるといった、薬の輸送手段として使えるのではないかと考えています。
環境問題の研究で、マイクログリアによるシリカの貪食機構や脳外への排出機構が明らかになれば、それを強めたり弱めたりすることもできるはずです。
薬を脳内に運んだあと、いらなくなったシリカの殻だけを外に出すということができれば、ドラッグデリバリーシステムの観点においても大きな発見につながると思います。
汚染された環境物質が我が国の子供の脳を冒していく状況には、何とかして対応しなくてはいけません。人体に与える影響を科学的に説明できるようになれば、様々なことについての理解につながるのではないかと考え、研究に取り組んでいます。こうした科学的な根拠を元に、環境問題についても社会にフィードバックできればと思っています。
Q:現在の研究体制はどうなっていますか。
イメージングの機械は非常に高価なものですが、今回は「さきがけ」に採択していただき、研究に必要な機能を備えた顕微鏡を購入することができました。また、当研究室は歴史が古く、精力的に研究に取り組んでいたこともあり、研究設備も整っているほうだと思います。
また、共同研究も精力的に行なっています。共同研究の一つは、「脳浮腫」という脳の一部に水が溜まって膨らんでしまう疾患についてのものです。脳が機能しなくなってしまう重い疾患で、患者数も多いです。この脳浮腫については、群馬大学と共同研究を行ないました。
脳浮腫の発生のメカニズムについてはいくつかわかっていたのですが、私たちは、温度と温度受容体の活性化が関与していることを発見しました。脳浮腫発生の初期段階で脳を冷やすことが大事だと考えています。
社会課題への還元を優先する
Q:研究における課題としてどんなものがありますか。
倫理的な部分でいうと、実験にはまだまだ難しいところがありますね。特に子供の脳の病気を治してあげたいと考えた時に、動物で実験をすると人間でも同じ結果なのかが知りたくなるわけです。ただ、人間の子供の脳のサンプルはほとんどありません。やはりこのあたりが、倫理的な課題であり、技術的な課題であると思います。
例えば大人のてんかん患者さんや亡くなった方の脳であれば、医師との共同研究の中でまれに手に入ることがあります。しかし、胎児や子供の脳はほとんどありません。
産業面については、政治のレベルまでいくことが難しいといえます。例えば環境問題について科学的データを得た場合、例えばそれを我が国の環境に影響しうる諸外国の政府にどうやってアピールしていくのか、そして新しい研究費をどうやって立ち上げるか、このあたりが難しい課題ですね。
また、「この遺伝子を変える」とか、「ウイルスをインジェクションして機能変化させた細胞を移植する」となると、即座に臨床応用することは難しいでしょう。社会のことを考えたアプローチは常に考えています。もし妊娠をしてPM2.5が心配ならマスクをすればいいとか、程度の大小はあるにせよどのように直接社会にアプローチできるか、ということを考えることを大事にしています。
研究室に閉じこもっているのは、実は精神的に楽なことでもあります。自分の研究は大事ですし何より楽しいので、例えば、培養室と顕微鏡室の往復だけしているとそれなりに精神は安定します。しかしたまには外に目を向け、どうしたらサイエンスを介して社会に貢献できるか、と自分に問いかける必要があると思います。
Q:研究室には、どんな学生がいますか。
現在、私のグループの学生は全部で11人、学部生も院生もいます。うちの研究室全体で見るとスタッフを含めて50人ほどいます。スタッフが4〜5人いるので、一人だいたい10人くらい見ている感じです。最近は博士まで進む人が多いような感じがします。
学生には基本的に1人1テーマ以上を提案し、学生に自由に選択させた上でディスカッションしながら進めています。私のグループには、もともと病気やグリアに興味を持っている人が加わるケースが多いですね。
研究に携わる学生に必要なものは、「続ける力」だと思います。あとは忍耐力と情熱、勉強ですかね。論文を読むことは当たり前ですし、社会問題にも関心を持つなどあらゆるところから情報を入れられる方がよいと思います。
環境問題なども、細胞のことだけを考えていたらなかなか思いつかないことでしょう。様々な方向にアンテナを張ってほしいです。何かに取り組んでいる時には、そのことに集中する。最後まで頑張ってほしいですね。
基本的には一つのテーマを何年もやるかたちですが、簡単なテーマをやってもらうこともあります。学生のうちに計画立案から論文執筆までのプロセスを覚えてほしいですね。
Q:企業とはどういった関わり方をしていきたいですか。
まずは、企業と同じテーブルに座る機会がもう少し増えたらいいなと思っています。
例えば、自閉症やてんかんなど、私の専門分野に取り組む企業は向こうから来てくれますから、比較的取り組みやすいですね。もちろん私の側から積極的に働きかけていくことも重要です。
しかしそれだけではなくて、まったく関係のないところからでも何かが生まれることもあるかもしれません。それもあって私は、出入りの業者さんとの関わりも大切にしています。
研究室によって業者さんへの対応には差がありますが、私は業者さんの話を積極的に聞くようにしています。実際にそういった会話の中から着想を得たものもあります。彼らは私が知らないこともたくさん知っているので、コラボレーターのような感じでお話ししています。
Q:最後に、今後の目標を教えてください。
まずは、グリアに関連したインパクトのある論文を何本か仕上げます。あとはマイクログリアが何かを貪食するときの分子細胞メカニズムを明らかにしたいですね。
共同研究も色々なところと始めているので進めていきたいです。先ほどお話ししたシリカなどの微粒子を用いた脳への薬物輸送については、本当にできるかどうかをこの1年くらいの間にはっきりさせていきたいと考えています。(了)

小山 隆太
こやま・りゅうた
東京大学大学院薬学系研究科薬品作用学教室 准教授 。
2001年、東京大学薬学部卒業。2006年、東京大学大学院薬学系研究科博士課程修了(薬学博士)。
2006年より、東京大学大学院薬学系研究科薬品作用学教室助教となる。その後、2010年よりハーバード大学医学大学院ボストン小児病院博士研究員を務めたのち、2015年より現職。