不妊や流産、がんの原因を解明する研究において、細胞分裂時の異常が原因の一つに挙げられる。細胞分裂時、遺伝情報を伝えるために染色体を正確に2個の細胞に分配する役割を持っているものを「微小管」と呼ぶが、この微小管の異常が不妊や流産、がんに関係しているとされている。
こうしたなか、微小管研究に正面から取り組み、医療への応用も視野に入れているのが、早稲田大学 先進理工学部 生命医科学科の佐藤政充教授だ。今回は佐藤教授に、微小管研究の基本と応用について伺った。

細胞内で重要な役割をはたす微小管
Q: 現在の研究内容についてお伺いしていきたいと思います。微小管というものはどういったものなのでしょうか。
一つ一つの細胞の中には、繊維状の物質がたくさん存在しています。その繊維状の物質は全部タンパク質でできていますが、その集合体の一つが微小管です。なぜ繊維状の物質があるのかと考えると、繊維状でないとできないいくつかのことをやっているためと考えられます。
第一に、物質をある場所からある場所まで細胞の中で運ぶためのレールとして使っているということ。第二に、細胞が分裂して2 つに別れるときには染色体DNA を二組に分ける必要があって、遺伝情報を分裂後も正しくキープするためには正しく二組に左右に分けていく必要があるのですが、そのときに染色体を分けていく綱引きの綱のような役割をしているということです。
一般に、よく知られている微小管の役割は、おおまかにこの2 つにまとめられます。繊維状の物質がないと細胞が正しく分裂できなかったり、細胞の中で物質輸送がおかしくなったりして、様々な問題を引き起こすということが少しずつ分かってきました。
Q: 正常な細胞の働きには必ず繊維状の微小管が必須なのですね。そして実際に研究して特性を明らかにするというのが研究の方式ですか?
そのとおりです。実際に私が微小管を研究してみたいなと思ったきっかけに、微小管が正しく作られずに染色体の分配がおかしくなると、それががんの原因になるのではないかと言われ始めたことがあります。これは昔から言われていたことなので、そのときに研究してみたいと思うようになったのがきっかけですね。
ですから自分の興味をつきつめるけれども、その興味の先が病気の原因と絡んでいれば、最終的には社会に還元されるだろうと思っています。がんそのものを研究するのもいいけれども、もとを探っていくのが大事なのではないかと考えてやっているところです。
細胞分裂について、だいぶ分かってきたのは事実だと思います。でもまだ分からない部分があったり、ある部分では分かっていてもある場面では分からないということがあったりと、まだこれからやらなければいけないことがたくさんあるかなと思います。
Q: その中で、こちらの研究室では主にどういう方式をとっているのですか?
私たちはまず、酵母細胞という小さな微生物からマウスまでを使って実験しています。酵母とマウスは大きさも全然違うし細胞の働きもかなり違うところがあります。酵母は比較的操作が簡単であるということや、細胞分裂などを顕微鏡下で簡単に観察することができるというメリットがあり、実験が進みやすく研究しやすいという側面があります。これまでに多くの論文を出してきましたし、まだわからないところもたくさんあるので酵母を用いてこれらを追求する姿勢はこれからも変わりません。
しかし一方で、どうしても哺乳類でないと分からないことはあります。例えば酵母の分裂は一個の細胞が二個になるのを繰り返す細胞分裂については最高のモデル生物ですが、細胞が集まってできる動植物の研究はできませんし、例えば酵母には神経や免疫というシステムはありません。がんができる原因を追究するのには歴史的に大きな役割を果たしてきましたが、実際に酵母ががんになるわけではありません。
どの生物種を用いて研究するかは、研究の方向性と関連しています。私たちの研究が目指している方向性のひとつは、正常な細胞・正常な生物で微小管がどのように作られてどのように働くのかを発見し、解明しようとする研究のしかたです。これは、細胞内の微小管に異常が生じたときに,いったいどのような症状になるのかというように研究が展開していきます。
もうひとつの方向性は、微小管からスタートするのではなくて逆に、我々がよく知る病気の原因がもしかしたら微小管にあるのではないかということを解明する方向性の研究です。このような方向性の研究を展開しようと思うと、どうしても酵母細胞だけでは足りないところもあります。このように酵母だけでは分からないことは多く、それでマウスを使った研究を初めたというところです。
Q: 実際にマウスの細胞を取り出し、様々な条件下で観察するということですか?
酵母の場合ですと、かなり技術も進んでいて、細胞を顕微鏡下で見ることができるようになりました。しかしマウスや我々の体の中に微小管が存在していることは分かっているのですが、体の中で微小管がどのように存在しているのかというのは、あまり知見が得られていません。
従って、細胞一個のレベルではよく分かっていることも、細胞がたくさんひしめき合っているものを組織と言いますが、組織の中ではどうなっているのか分かっていないことも多いです。
そこで今度は細胞一個レベルで観察して多くのことが分かってきたのを活かして、細胞がひしめき合う中で観察して本当に微小管は今まで見てきたような形で存在しているのか、そこが異常になると病気の原因になるのではないかということを追求しています。
最近は顕微鏡技術が発達してきて、「超解像度」という解像度が良い顕微鏡が出るようになってきたので、組織の中にある構造物も見ることができるようになってきました。超解像度顕微鏡は結構コストがかかるものなので、いまのところ我々が手軽に買うわけにはいかないですが、こういう技術的なブレイクスルーがないと、なかなか組織の中の研究を進めることは難しかったといえます。
Q: マウスの研究の進捗は100%のなかでどれくらいまでたどり着きましたか?
私たちは初めたばかりですので共同研究者の協力に助けられながら手探りで少しずつ開拓しているところですが、世の中を見てもまだまだ入り口程度なのだと思います。ようやく組織の中で微小管がどういう形で存在しているのかが分かってきて、その形がどうやってどういう遺伝子タンパク質によって作られてきたかということはまだまだわからないところが多いという状況です。研究がそれだけ進んでこなかった分野なのかなと思います。現在はマウスでの実験と、酵母およびヒト細胞を培養して実験するという二本立てでやっています。
実験で使用するマウスは、いわゆる「野生型マウス」と私たちが呼ぶもので、何も病気を持っていないスタンダードなものです。普通のマウスと、それから一部の遺伝子を壊したノックアウト型を見比べて、「野生型だと問題はないけれどもある遺伝子をなくしたノックアウトマウスではこういう問題が発生した」、というかたちで比較できます。そのなかで微小管がおかしくなったという場合にはその遺伝子が微小管を正しく作るために必要なのだと分かってきます。微小管がおかしくなってくると病気を引き起こすかどうかが今の興味になっているので、微小管に異常を示すようなマウスが病気の症状を示すかを調べていきたいと考えています。
Q: 微小管が壊れていると確定している個体は何かの病気になるだろうということですね。それが分かれば微小管の存在意義が明らかになりますからね。それは時間がかかりますか?
そうですね、研究は時間がかかるものだと思います。これとは別の意味でも時間がかかるといえるかもしれません。つまり我々には、子供の頃から症状を出す病気ももちろんありますが、年を取ってきてはじめて症状がでてくる病気もありますよね。例えば生活習慣病。年を取ってきた頃に何かの無理が効かなくなってそれで症状が出てくることもありえます。そこで生まれたてのマウスの中でどうなっているのかという研究も重要ですが、年を取ってきたときに症状が出るかというところまでを見通さないといけません。その意味でも、時間がかかる研究だと思っています。
Q: 続いて、不妊治療についての研究もなさっているということで、その研究概要についてお聞かせください。
不妊治療はどちらかというと、研究で社会的ニーズに近いところを攻めてみようという研究です。
微小管というのは染色体を分けるのに重要で、それは精子や卵子を作るところでもやはり同じです。我々の精子や卵子を作るためには染色体を分けて作っていく必要があるわけです。その場面で微小管が正しく働かないと精子や卵子が正しく作られないのです。
不妊の一因は、微小管の問題によって精子や卵子が正しく形成されないということに原因があると考えられています。現在は不妊治療クリニックさんや他大学との共同研究で不妊の原因の一つを探るという形で進めています。
Q: 研究の成果はどのように実際の不妊治療につなげられるのですか?
研究成果をすぐに不妊治療につなげるのは簡単ではありません。
まずは、精子や卵子を作るときに微小管がどのようなかたちで働くのか、実際の不妊の症例において微小管の異常が原因となっているのかを追究するところから始める必要があります。
治療の現場に応用できるとしたらでは、例えばたくさんある卵子の中で微小管の状態をもとに、どれが生まれやすいだろうかという見分けがつくようになれば、もう少し成功率も上がるかもしれないと考えています。
Q: 技術とともに進歩する分野だと思いますが、研究体制はずっと一緒ですか?
2 年くらい前までは酵母を使った研究一筋でやってきましたし、酵母でしか展開できない研究はこれからもたくさんあります。そこにプラスして元々の興味と社会的ニーズをうまく合わせるかたちで、不妊治療とマウスを使った研究も少しずつ視野に入れてきたというかたちです。
基礎研究に向き合い、発見を求め続ける
Q: これまでのご経歴をお話しください。
東京大学理学部生物化学科を卒業しました。そのまま東京大学大学院理学系研究科生物化学専攻で修士課程博士課程を終えて、その後博士号(理学)を取得しました。その後イギリス、ロンドンにあるがん研究所、Cancer ResearchUK というがん研究所で研究をはじめました。ポスドク研究員として職を得て、がん研究所で5 年間ポスドク研究員をやりました。その後古巣の東京大学大学院の理学系研究科に助手として職を得る機会がありまして、それが32 歳くらいですね。
他の分野に比べると生命科学は出世が遅いと言われることもあります。それで助手になって山本教授のもとで研究することになりました。そこで山本教授の学生を指導しながら学生に博士号を取ってもらいつつ、自分の研究プロジェクトを自分で実験しつつ、かつ、私が考えた研究プロジェクトを学生さんが実験して学生さんが博士号を取るのをサポートするという形で研究をしてきました。
それでおよそ10 人の学生が博士号を取りながら私も研究して指導して、それで6、7 年ですね。助手および助教をやりました。ちょうどその時7 年くらい経ったときに山本教授の定年退職がありまして、それを機会に私も独立したいと考えていたところ、縁があり早稲田大に独立准教授として研究室をもつこととなりました。
Q: 佐藤様は一貫して、基礎研究を中心に研究なさっています。研究のモチベーションとしては、どちらかというと社会的ニーズというよりは基礎的なものを突き詰める側面が大きい研究になりますか?
そうですね、研究のモチベーションは、基礎でも応用であっても自分が興味のあることを明らかにしたいというのが第一だと思います。人間たるものどうしてもそうでないとモチベーションが続かないのではないでしょうか。
自分はやはり研究への入り口が「生物のなかでは何がどうなっているのだろうか?」という基礎的な疑問だったので、これからも基礎を重視していきたいです。基礎研究者は基礎に全力を注ぎ、応用の研究者あるいは企業のかたと組むなどとして、お互いの得意分野を組んだときに最良の成果が得られるはずです。ですから私は自分自身の領分を応用研究に鞍替えするのではなく、基礎を究めることこそが大事だと自分に言い聞かせてます。
Q: 研究室には、スタッフや研究員は何人いらっしゃいますか?
スタッフは4 月から体制が変わり、4 月から講師になる先生が一人です。それで私と二人体制でやっています。多いときには研究員を含めて3 人くらいになることもあります。学生は約15 人から20 人くらいで推移しています。
Q: 学生も、同じ環境で同じテーマを扱うということですか?
それぞれの学生が興味のあるテーマを選ぶような形で、ある人は酵母の実験が好きである人はマウスを使ってみたい、ある人は培養細胞で研究したいというように選んでいくようになっています。あとどうしても共同研究をすることもあるので外部の研究機関、他大学に出張するということもあります。
Q: 倫理的課題の面で、感じていらっしゃることはありますか?
社会のことを考えると、最終的にはヒトを使った研究で、ヒトでどうなっているかということを明らかにしたいと思いますし、一般的な人もそういう目的に向けて研究しているのだろうと思っていると思います。
ところがヒトの精子や卵子を使った実験が可能かというとどうしてもそれが命の源であるがゆえに限界があります。技術的にも難しいですが、扱いも極めて厳しく、多方面の認可を受けないといけないため、そういう状況の中で容易ではないです。厳しいのも当然です。どうしても命の源を扱う以上、自分たちの興味があるからといってメスを入れてもよいのかと言われたら、それは違う気がします。だから個人的には、自分がヒトの配偶子を使った研究をすることには抵抗があります。培養された細胞ならいいですが人の卵子はまさに命が生まれるようなものですから。
そのため、認められる範囲内で、マウスなどの精子・卵子で研究しないといけないところがあります。しかしそれを追求すると今度は、「マウスは人とは違うのではないか」という疑念が拭い去れません。このあたりをうまく取り扱い、科学的にも倫理的にも問題のない研究をしていかなければいけないです。
Q: 続いて技術的な課題をお願いします。
この分野は技術的なブレイクスルーがあるところでのみ研究が進展すると思っているので、どうしても顕微鏡の解像度が上がることが必要になってきます。ところがやはり超解像の顕微鏡が作られても一人の研究者が買うには高すぎます。若手研究者が手軽に買えるものではないです。中身はすごく性能が良いものなので、そういうものをもう少し簡単に使えるように、というか手の届くところで使えるようにレンタルなど、費用は発生するにしてもメーカーさんの機械を使わせてくれるような、そういうような形で利用させてもらえればと思うところはありますね。
Q: 研究室に配属された学生には、最初にどんなことを伝えていますか?
最初は、興味を持って観察してほしいということを伝えます。観察するのが細胞でもDNA でもマウスでも、何であれ1 日1 日の実験に対して「あの実験、どうなったかな」ということに興味を持ってほしいと思います。一日の自分が考えることの100%のうち100%を研究のことに投じるのは無理なことだと思うので、10%でも15%でもほんのちょっとでもいいから研究のことに興味を割き、それが自然に増えていけばいいなと思っています。
Q: 研究室の学生は修士や博士へはどれくらい進学されますか?
大学院修士課程への進学は私達の研究室ではほぼ100%という状況です。博士への進学は私達の研究室ではだいたい3 〜4 人に1 人くらいの割合で博士課程に進むという感じです。研究は、興味があればある程度我慢して続けられると思います。そうではなくて、外面をよく見せたかったりカッコつけたかったりというプライドを保つのがモチベーションになってしまうと、長くは続かないと思いますね。
そのため、良い成果を上げて偉くなりたいというよりは、自分の興味を毎日持ち続ける人のほうが研究には向いていると思います。特にバイオ系は生き物を扱うので継続的に世話をしなければいけないし、観察力がものをいうのでずっと何かをみていないといけないです。だからこそ本気で生物が好きだ、興味があるというのが大事なことだと思います。
Q: 企業に対して、民学が連携していくと不妊治療を中心に開けてくると思いますが、どうなればいいという思いはありますか?
私たちは基礎からスタートして産業化という出口に向かってコマを進めていて、興味は必ずしも基礎中の基礎にこだわるつもりはありません。企業側が出口のほうに興味があるとしたら、私たちは出口に向かってコマを進めることに興味を持ってやりたいと思っています。ただ、さきほども述べたように、自分自身は基礎の追究がモチベーションですので、真ん中から出口は企業がメインで担当するとしても、企業側にももう少し基礎のほうに興味を持っていただき、もう少し入り口のほうに耳を傾けるかたちで降りてきてほしいです。そこでお互いの共通言語となるものを見つけられればと思います。
不妊治療ですが、現在では1 社に絞って組んでいます。これはまさにクリニックさんのほうが基礎研究のところから研究したいというお話をいただいたからです。これは、基礎に理解があるところだから成立したことだと思います。これがもし、成果だけ求めて基礎研究はどうでもよく治療だけが大事なのだという感じであったならば、共同研究は成立しなかったでしょう。
また、教育面においては、そもそもバイオ実験や学生の教育には時間がかかるということを理解してほしいです。2 〜3 年間で研究員が成果を出せるのとは違って、学生主体の場合にはどうしても教育しながらの研究です。しかしながら、育てた学生は企業に興味があったりするため、長い目で見れば企業にとってもメリットあることだと思います。
2 年間ですぐにある程度の成果が出てそれが商業化に結びつくことを期待されると、学生では立ち行かないところがあります。バイオ実験には時間がかかることを理解いただき、長い目で見てほしいです。(了)

佐藤 政充
さとう・まさみつ
早稲田大学先進理工学部 生命医科学科 教授。
2001 年、東京大学大学院理学系研究科生物化学専攻 修了。博士(理学)。2002 年より英国がん研究所ロンドン研究所ポスドク研究員、2006年から東京大学助教(2009-2012 年 JST さきがけ研究員を兼任)を経て、2013 年4 月から早稲田大学先進理工学部 生命医科学科 准教授となる。2018 年4 月より現職。
2012 年、文部科学大臣表彰・若手科学者賞を受賞。