日常生活で使われる磁石には鉄やニッケル、コバルトといった材質があるが、じつは我々の目に見えないところでは大小様々な磁石が活躍している。たとえば微小な磁石は、パソコンのハードディスクなど記録媒体に使われている。
そんななか、磁性体を中心とした材料の新しい使い方を見つけるべく、磁石の知られざる潜在能力を見つけ、活用する研究をおこなっているのが、東京大学工学系研究科物理工学専攻の千葉准教授。磁石の研究で注目される成果を挙げる千葉准教授に、磁石がもつ応用の可能性について伺った。
電流も磁界も使わずに書き込める方法に挑戦する
Q:まずは、研究の概要についてお聞かせください。
私たちは磁石を研究対象としていますが、磁石といっても、皆さんがおそらく触れたことのある棒磁石のような赤と青に分かれている大きな磁石を扱うわけではありません。私たちが着目しているのはナノサイズくらいの非常に小さい、あるいは薄い磁石です。
こういった磁石は、例えばハードディスクレコーダーの中などに使われています。機械の中にはナノ磁石が大量に並んでいて、そこに情報が入れられています。つまり、「使われていても普段は見ることがない」または「実は何かの装置に中に入っている」という磁石が私たちの研究の対象になっています。 このように小さい磁石は、例えば情報を記録する「磁気記録」の分野で使われています。
磁気記録ですから、情報をたくさん蓄積できたほうがよいですよね。しかし限られたエリアに情報をたくさん蓄積するとなると、一つ一つの情報を記録するための磁石をどんどん小さくしていかなければなりません。磁石からは「1ですよ、0ですよ」という漏れ磁界が出ていますが、磁石が小さくなると、漏れ磁界を検出するための磁界がものすごく弱くなります。すると、それを検出するための読み取りヘッドの感度もすごく高めていかなければなりません。
ハードディスクには非常に小さな読み取りヘッドがあり、そこにはとても小さな電磁石がついています。電磁石はコイルがありますが、そのコイルに電流を流して周囲に磁界を発生させると、そのすぐ近くにある磁石だけN極とS極の向き、つまり磁化が逆転します。そのようにして、情報を書き込みたい箇所にだけ磁界を加えて情報を書き込むという仕組みを使っています。言い換えれば、磁界を加えないと磁石のN極とS極は逆転しません。
いまお話しした方法もコイルに電流を流す方法を使っていますが、それに加え、磁石そのものに直接強い電流を流すことで、周囲から磁界を加えずとも磁石の磁化を反転できるということが、最近の私たちの分野の研究から分かってきています。このような方法を用いた磁気記録媒体は、ハードディスクの次の世代を担う、「固体磁気メモリ=MRAM」という形ですでに市場に出始めています。
コイルや磁石だけでなく、物体に電流を流すと、発熱します。例えば電源が入っているコンピューターなども熱くなりますよね。ものに電流を流すという行為は、電子デバイスにおいて最も基本的な駆動原理であり、そう簡単には変えることができないことです。つまり、エネルギーを熱として無駄に捨ててしまっているということが、身の回りの電子デバイスの各所で起こっているということです。
例えばデータセンターはクラウドを通じて情報を預けることができるシステムですが、そこには大量のハードディスクがあり、さらにそれを司るコンピューターがたくさんあります。つまり、昼夜問わず大量の電力を消費しているわけです。要するに、ほとんど熱を出さずに電子デバイスを電気的に駆動することができれば、それは革命的な方法になるといえます。
ハードディスクは、使っていなければ特に電力を消費することはありません。しかし、コンピューター内のCPUやDRAMは、コンピューターが動作状態にある限り、ほぼ常に電流を流し続けています。磁石というものは外部から磁界を与えない限り、N極とS極の向きは維持されます。近くのコイルに電流を流して磁界を与えたときにだけ、反転してくれるのです。この特徴をうまく使ってあげると、「使っていない時は電流を流さず、使う時にだけ電流を流す」というような使い方ができます。
ハードディスクはこのようなシステムにすでになっていると言えますが、動作速度が遅いという難点があります。それに対し、MRAMはDRAM並みに高速です。従って、DRAMのような常に電流を流さないと動作しない部品を、MRAMに置き換えることができると、使うときだけ電流を流せばよくなるので、待機電力も要らず、とても省エネになると期待されています。
MRAMを使ってもなお、結局は電流を流して情報を書き込まなければいけません。私たちは、電流も磁界も使わないで書き込めるような方法に挑戦しています。その方法が実用化できると、使っている時もほとんど電力を使わないというレベルにまで到達できる、と考えています。その基本原理や効率向上の手立てを理解しようとしているところです。
電流を使わないで書き込むと言っても、電気的に書き込まなければなりません。では、「電流を使わずに、電気的に書き込む」というのは一体どんなことかと思いますよね。
例えば、2枚の金属プレートの間に電圧をかけると、プレート間に何もなければ電流は流れないですよね。厳密にいうと、ほんの少しだけ電流は流れるけれども、それによって2枚のプレートにプラスの電荷とマイナスの電荷が溜まるわけです。これは要はコンデンサーです。この仕組みを使ってあげれば、一度電荷が溜まってしまえば電流が流れることはありませんし、電荷を溜め込むにもさほど大きな電流は必要ありません。
つまり、この方法によって一時的に電荷を蓄えることで、磁石の性質がその時だけ変わって、それがトリガーになって磁化が反転すれば、電荷を溜めるだけで磁化を反転させることができ、情報を書き込めるようになる、というわけです。
これが、電流を流さなくてもよくなるようなアイデアです。
このような電荷を溜め込むという発想は、皆さんの携帯やパソコンに入っている半導体集積回路=ICで使われています。しかしそこでは、電子の流れを電気的に制御するような使われ方をしています。つまり、「電気的なスイッチ」のようなものです。電流を加えず、エネルギーをあまり使わなくても電流を流す/流さないのセレクトができるスイッチです。それがたくさん集積回路の中に入っているわけです。
これは電界効果型トランジスタと呼ばれているもので、半導体を母体としたものです。では、磁石を母体にした電界効果型トランジスタにするとどうなるのかということです。磁石に電荷が溜まり、それによって磁石の性質がもし変われば、 N極とS極の向きを一時的に変えることができるかもしれないということですね。このような発想が、最初の研究のきっかけになっています。
しかし、鉄(Fe)などの金属の磁石には、シリコン(Si)などの半導体に比べて自由に動ける電子が圧倒的に多く存在しています。そこに電荷を溜めても、トータルの電荷量に比べたらほんのわずかで、焼け石に水のような状態です。あまり効果がないようなことをしても、磁石の性質なんて変わるわけがないと、研究開始当時は考えられていたのですね。
Q:現在の研究にいたるまでの経緯を教えてください。
東北大学の電子工学科を卒業して、その後修士、博士、そのまま東北大学の工学研究科の電子工学科に進みました。東北大学では、大野英男先生(現・東北大総長)の研究室にいました。大野先生は「磁性半導体」というものを作られていて、それに興味を持ちました。もともと半導体の研究がしたかったので、半導体と磁石の両方の性質を持つ不思議な物質を扱っていたことで「何か新しいことができるのでは」と感じて、研究室を選びました。
磁石でもあり半導体でもあるなら、先ほどの半導体の電界効果型トランジスタのようなものが磁石でできるのではないかという考えがあって、それを最初に実験的に示すことができました。電荷を溜め込むと、磁石の性質を消したり、もとに戻したりできたのです。
非常に面白い現象だったのですが、実はこの材料は、作るのが難しかったり、室温ではなく低温でしかできないなど、「できたらすごいことだけど、ちょっとすぐに使えるものではないね」という状況でした。
その後私が京都大学に移って、「これは室温でできなければ意味がない」という結論に至りました。そこで目を付けたのが、コバルトです。鉄・コバルト・ニッケルは、周期表で横に並んでいる代表的な磁石で、もちろん室温でも磁石です。鉄などはそこら中にあるわけで、コバルトもハードディスクなどに使われたりしています。このような代表的な磁石で同じことができなければ、すぐに使ってもらえるものにはならないだろうなと思ったのです。
しかし、コバルトは鉄と同じく自由に動ける電子が非常に多くある金属であるため、そこに電荷を溜めようとしても焼け石に水になるという先ほどの悩みどころがあったわけです。
ではどうすればいいかと考えました。実は先ほどのような方法で電荷を溜めるといっても、コバルト表面の原子一枚分くらいの所にしか溜まっていないのです。つまり、それより深いところには電荷の蓄積効果はないのです。それならばいっそのこと原子数枚分の薄さにしてしまえば、電荷が溜まったことで磁石の性質が変わる効果を見られるのではないかと考えました。このような原子レベルに薄いコバルトを準備して、電荷を溜めてあげると、もともと磁石だったコバルトが磁石ではなくなったりするということがわかってきました。
結果的に、それほど複雑なことをしたわけではないのですが、非常に薄いコバルトを準備することによって、室温でも磁石にしたり、もとに戻したりということが電気的に自由自在にできるようになったのです。
驚いたのは、鉄・コバルト・ニッケルという代表的な磁石は昔から磁石だと知られていましたし、材料科学の研究をしている人にとっては「ものすごく研究されてきているもの」「当たり前すぎる物質」であると言えます。すでに研究し尽くした感じがありましたが、まだまだ潜在能力というか、電圧を加えるだけで変化をするとわかったことという点だけ考えても、大きな収穫だったのではないかと思います。
作った物質を後から制御できることで、可能性は何倍にも広がる
Q:世界的に見て、研究の立ち位置はユニークなものなのでしょうか?
卒論の時から取り組んでいたテーマである「電気的に磁石の制御をする」ということを、15~16年にわたって続けてきました。その技術の蓄積はあると感じています。
それをベースにして、もちろんその間に我々のスピントロニクスという分野の中でのたくさんの進展もありますが、それと私たちの技術をコラボレーションしてさらに研究を発展させたり、柱となる研究をベースに他の研究とコラボレーションして、どんどんいろいろなものを作っていくような展開をしています。
また、「こういう物質が欲しいな」「材料が欲しいな」となると、この元素とこの元素をくっつけて、こんな物質を作りましょうとか、素材を組み合わせてこうしましょうと考えるのが普通の流れだと思います。しかし私たちは、一度作ったものに電圧を加えて後からその性質を操るという別な視点から材料の潜在能力を引き出そうとしています。後から操るという意味では、別に電圧にこだわる必要はない、ということになります。
例えば柔らかいフレキシブルエレクトロニクスが最近盛んになってきていますが、柔らかいシートの上に磁石の膜を作ってあげて曲げると、ものすごく磁石の性質が変わるんです。
これらの変化を利用して、引っ張った方向をセンシングするようなデバイスを作ったり、IOTで必要な生体モニタリング、構造インフラモニタリング、それらを使う時に使う柔らかいセンサーといった方向にもスピントロニクス研究を展開していくことができるのではないかと考えて、少しずつ研究を始めています。
我々がベースにしているのは、作った物質を後から制御したり、それが後から変わることをうまく利用してあげる研究です。そこから興味のある物理現象を掘り下げたりする研究スタイルです。そのため、一般的な理学系の研究や物理を基本的に掘り下げるということではなくて、どちらかというと「こんなことができたら面白いんじゃないか」ということをベースに研究を進めていくことがうちの研究室の特徴なのかもしれないですね 。
Q:技術的な面で、乗り越えたい課題は何でしょうか。
スピントロニクスという分野は、どちらかというと磁気記録に特化してきたわけですが、もっと磁石の潜在能力をうまく生かして他の産業にもうまく使えるようなところに研究を展開していきたいと思っています。そのように新しい分野を切り拓いていくときに、たくさんの壁が待っていると覚悟しています。
その一つが、先ほど少し触れましたが、フレキシブルスピントロニクスです。これはまだ我々のところで始めてから数年も経っていませんが。
例えばプラスチックのシートの上に作った薄い金属の磁石をたくさん伸ばすと、伸びて切れてしまったり、加熱するとシートの方が溶けてしまうなど様々な問題が出てきます。何か素子を作る時は、必ず加熱する加工が必要になるのですが、こういった細かい部分について、新しい分野を作って行く時には技術的な壁が出てくると予想されます。この壁を超えないと、新しいデバイスも作れないですし、アカデミックな議論すらできないわけです。乗り越えないと次に到達できないという壁に、ひとつひとつ学生や企業と一緒に取り組んでいるところです。
Q:研究にはどんな能力が必要だと思いますか?
この分野に限らず、自分で問題を解決をしていく能力は必要だと思いますね。学生のみなさんは研究室に入るまで、授業を受けて教えてもらう、つまり受動的なことが多かったわけですが、研究室に入ると研究を始め、能動的な作業に変わっていきます。そこで自分のやりたいことがあって、それを突き詰めてやっていく時に試行錯誤をしなければならなくなってきます。
あれこれと考えることが好きな学生や問題を解決していく能力などは、どんな仕事でもそうですが、研究の分野においても大事だなと思いますね。センスも必要なのかもしれませんが、それ以上に問題解決能力があると強いのではないかなという気がします。あとはとにかくまずやってみて、どうなるかを試していく積極性も大事ですね。
Q:民間企業との研究は積極的におこなわれているのでしょうか。
村田製作所や電力中央研究所と共同研究を進めています。フレキシブルデバイスや、磁気を使った構造ヘルスモニタリングなどでコラボレーションさせていただいています。
ベンチャーの起業については、私自身今はあまり考えていないのですが、ベンチャー経営者らとお話しさせていただく機会がありまして、そのときには私たちの研究に非常に興味を持っていただけました。
磁性体をやっている企業というよりもむしろ、磁石と全く関係のない、違う分野の方々からのご意見を伺えるような形の繋がりができると面白いかなと思っています。化学のメーカーさんなども面白いかもしれませんね。それくらい畑が違う者同士で話し合えば、面白いことが出てくるのではないかなと思います。
Q:近い将来のビジョンについてお聞かせください。
次の5年くらいは、今までお話してきたような新しい方向の展開を強く推し進めていきたいと考えていますが、その次にどうするかはなかなか悩ましいところです。IoTのように、今までなかなかできなかったことが手軽にできるようになるデバイスに、世の中のニーズが高まってくると思います。それがどういう状況になっていくのか、また AI の状況など研究の流れがどんどん変わっていくはずです。流れがますます早くなっていると感じています。この辺りに上手くアンテナを張って見ていかなければならないと思います。世の中のニーズに置いていかれないようにしながら、独自の面白いことも同時に探し続けていきたいですね。(了)

千葉 大地
ちば だいち
東京大学工学系研究科物理工学専攻准教授
2004年、東北大学工学研究科博士後期課程修了。博士(工学)。
2004年より独立行政法人科学技術振興機構 ERATO大野半導体スピントロニクスプロジェクト 研究員となり、2008年より京都大学化学研究所特定助教、2009年より同助教。2010年より独立行政法人科学技術振興機構 戦略的創造推進事業さきがけ「ナノシステムと機能創発」 を兼任。2012年より京都大学化学研究所准教授となる。
2013年より現職。