近年、世の中のさまざまな機械や電力システムを制御するために、半導体を使って非常に高い電圧や大きな電流をコントロールすることが一般的になりつつある。そこで必要になるのが、従来では弱電といわれていた分野とパワーエレクトロニクス(強電)といわれていた分野の融合である。その境界となる「ゲートエレクトロニクス」の分野を中心となって研究しているのが、東京大学 国際・産学共同研究センターの桜井 貴康教授だ。集積回路研究の出身から、現在ではデバイス、回路、最終的なシステムまでを見据える立場にいる桜井教授に、ゲートエレクトロニクスがもたらす可能性について伺った。

弱電と強電の境界、ゲートエレクトロニクスを研究する
Q:まずは、研究対象であるパワーエレクトロニクスの概要についてお聞かせください。
現代は電気化が進んでおり、電車やバス、新幹線などの乗り物もモーターで動くようになりつつありますし、家庭でも電気、特に大電力で動作するものも多くなっています。このようなモーターや大電力を制御する際には半導体素子が使われています。また、太陽電池や自然エネルギーを利用した発電などで、発電した電力を通常の電力網に供給する際にも半導体素子が使われています。
このような半導体素子はパワーデバイスと呼ばれており、近年の電気化の流れを受けて、市場も日増しに大きくなっています。特に、自動車の電気化や太陽電池の普及が加速しているため、世界的にも市場の拡大が目立っており、パワーデバイスの市場はしばらく年7~8%程度で成長してゆくだろうと見られています。
このようなパワーデバイスに意味のある動作をさせる技術は、「パワーエレクトロニクス」と呼ばれ、数百ボルト以上の電圧や、数百アンペア以上の電流といった高電圧や大電流を制御するのに使われています。このような高電圧、大電流の技術は「強電」とも呼ばれます。一方、身近にあるスマートフォンなどは1V程度の電圧や、数アンペア程度の電流で動作していて、強電に比べれば随分と低電圧、低電流なので、「弱電」とも呼ばれています。
さて、パワーデバイスはエネルギーを流したり流さなかったりするスイッチとして動作しているのですが、具体的にはパワーMOSと呼ばれるMOSFETや IGBT (インシュレーテッド・ゲート・バイ・ポーラトランジスタの略)などが多用されています。IGBTは高電圧、大電流をスイッチングする際に損失が少ないので、パワーデバイスとして多く使われるようになってきています。
このような半導体パワーデバイスの分野は、日本が国際的に見ても依然強い分野となっていて、一般の半導体デバイス分野が、少し外国勢に押され気味なのとは対照的です。皆さんのパソコンの中にあるマイクロプロセッサはインテル社製のものがほとんどだと思いますが、 パワー半導体に関しては世界の40%弱程度のシェアを有していると見られており、三菱電機、東芝、ルネサス、富士電機、ロームほかなど国内有名企業が健闘しています。
モーターを駆動したり、発電施設からの電気エネルギーを分配したりと、大電力を制御するところはパワーエレクトロニクスが活躍しています。昔の手動スイッチに比べれば随分と進化しましたが、「自動車で自動運転人工知能と連携してモーターを制御する」とか「危ないことがあったらセンサーと連動させながら自動的にエネルギーを遮断する」とか、「エネルギーの必要な場所を予想してエレルギー配分を変える」といったことを実現しようとすると、パワーエレクトロニクスだけでなく、マイコンやインターネット、情報処理技術などが活躍する弱電技術が必要になります。
現在のパワーエレクトロニクスは弱電の助けを借りながら、様々なものをコントロールするようになってきているといえます。弱電の世界と強電の世界(パワーエレクトロニクス) の融合が進んできていると言っても過言ではないでしょう。
Q:パワーエレクトロニクスの中で、特にどの分野を研究していますか?
すでに述べましたようにパワーエレクトロニクスで大電力の制御は、パソコンやインターネットなど弱電の世界と情報をやり取りしながら行なっています。強電と弱電が一緒になっているソリューションを提供しているわけですから、強電と弱電のインターフェイス(界面)がどこかにあります。
例えば、情報系を支える弱電の動作電圧は1V、強電の動作電圧は1000Vで行なわれていたとします。1000Vの世界はパワーデバイスがスイッチングしながら動作していますが、そのパワーデバイスの制御端子(パワーMOSやIGBTでは「ゲート」と呼ばれる)はいきなり1Vで動作させることはできず、10V~20V程度の電圧が必要となります。つまり、1Vと1000Vの界面には10V程度で動作する部分があり、その部分は「ゲートエレクトロニクス」と呼ばれています。弱電と強電をつなぐところにある領域で、境界領域といってもいいでしょう。
ゲートエレクトロニクスは、今まではあまり注目されてきませんでした。単に、弱電の動作電圧を例えば15Vまで引き上げるといった簡単なことしかやっていませんでした。しかし、よく見てみると、このゲートエレクトロニクスの領域はパワーデバイスに近いところにあり、直接パワーデバイスを制御しているので、非常に高速に、かつ適切にパワーデバイスをコントロールできる可能性を秘めています。
このような理由で、ゲートエレクトロニクスの面白さが最近注目されるようになり、私自身も興味を持つようになりました。日経エレクトロニクス主催パワー・エレクトロニクス・アワード2017で私たちのグループが頂いた最優秀賞も、まさにこのゲートエレクトロニクスに関するもので、特に、「ゲート駆動にデジタル制御を適用、パワエレIoT実現に道」というタイトルで、ゲートエレクトロニクスをクロック制御のデジタル化を行なったことが評価されたものでした。
最大効率を実現する波形コントロール法を考案
Q:現在の研究に至るまでの経緯をお聞かせください。
私自身の専門はメモリやマイクロプロセッサなど集積回路の設計で、弱電の人間です。
この分野で最大の国際会議であるISSCC(国際固体回路会議)ではムーアの法則で有名なゴードン・ムーアさんと基調講演をするなど、長年、低電力集積回路設計について研究業績を残してきました。集積回路設計分野で最も権威あるIEEEドナルド・ピーダーソン賞などの表彰などもいただいてきました。また多くの半導体企業やシリコンバレーのベンチャーと共同研究や協業するなど産業的にも貢献をしてきましたが、その弱電の集積回路技術を新しい分野に応用して人々の生活をより豊かなものにできないかと考えていた頃、パワーエレクトロニクスという分野を知りました。
弱電の分野でも特にエネルギー効率を高めることを研究していましたので、電力の大もとをコントロールする強電に出会うのは自然な成り行きだったかもしれません。弱電と強電の融合の可能性に注目し始め、さらに深堀をし始めたところでゲートエレクトロニクスの分野に出会ったというわけです。
最初に考え始めたのは10年ほど前ですが、本格的にプロジェクトに向けて動き始めたのは5年ほど前です。私自身、パワーエレクトロニクスの方々とは違うコミュニティだったわけですが、たまたま大学時代の友人に横浜国立大学の河村篤男教授という、パワーエレクトロニクス分野の権威がいて、彼に相談するなどして実際に動き出しました。異分野連携の始まりと言えましょう。
さて、私自身の専門は集積回路設計ですが、研究を始めるときに常に心がけていることがあります。それは「日本の強みは何か」ということです。日本人というよりも、日本という場で研究するならば、日本という強みが生きるものに取り組まないと、世界の他の場所との競争でなかなか優位に立てないのではないか、という思いです。
日本にはコンパクトな国土の中に、色々な技術レイヤーの方々がいます。基盤技術の方では、材料や素材に強く、デバイスにも強いと言われています。一方、上位レイヤーに関しては、日本は課題先進国であると言われています。全世界がそのうちに遭遇するであろう少子高齢化などを、日本はどの国よりも先に経験することになります。
例えば中国なども頭では少子高齢化が到来することは理解できていますが、その時に実際に何が起こり、何が課題となるかは日本にいることによって初めて経験できるという利点があります。これからの日本の課題に対する技術ソリューションを提示できれば、この先の世界市場で日本発の技術が貢献できると考えられます。
強い材料と先進的な社会課題、これらをつなぎ、色々な技術レイヤーの異分野連携で縦断的なソリューションを提供できれば、日本の強みを生かしたことになると思われます。どれかひとつの技術レイヤーを取り上げるだけならば、すぐに真似されて結局は負ける可能性があります。「一本の矢では負けるけれども、三本の矢を束ねれば負けない」というような考え方が、今後の日本の産業にとって必要になるのではないでしょうか。異分野で結束していくことが重要であるということです。
また、複雑すぎて真似できない、というような産業技術、産業構造に育ててゆくことを考えておくことも重要ではないかと思われます。過去には特許で技術を守るといった方法がとられてきましたが、特に半導体分野は製品化されるまでには時間がかかり、技術が使われる頃には特許が切れているといった課題がありました。アップルやアマゾンに勝てないのは、すでにソフトや商品が何百万もあって、その複雑さをこれから追いかけようとしても不可能に近いからだ、とも言えます。
さて、パワーエレクトロニクスの分野の方々のお話を聞いていくと、ウェハという素材技術、それをパワーデバイスにする半導体デバイス技術、そして、回路、実装、システム、ソフトウェアなどすべてが必要だということがわかってきました。その後立ち上がったプロジェクトで、現在私も参加させていただいているNEDO(New Energy and Industrial Technology Development Organization)の「低炭素社会を実現する次世代パワーエレクトロニクスプロジェクト」というプロジェクトでは、様々な異分野の技術領域の大学や企業が参加しています。
例えばウェハは九州大学柿本浩一先生、西澤伸一先生のグループなどがご担当、東京大学平本俊郎先生のグループと東京工業大学筒井一生先生のグループはパワーデバイス、九州工業大学大村一郎先生のグループはモジュールや実装、私や東京大学高宮真先生は回路、首都大学東京の和田圭二先生はパワーエレクトロニクスシステムで出口に一番近い部分のご担当です。また企業は実際の製品化においてどんなことを重要視するかを適切に把握しておられます。
このプロジェクトではお互いが質問しあえる環境にあり、常に会議によって情報交換をするなど、上の工程と下の工程でそれぞれ何が起こっているかを常に意識しながら行動を決めることができます。様々なことが全体感としてわかるという部分で、なかなか他にはないチーム構成になっているのではないかと感じています。
世界でも、ある部分だけを見ればどこの国のどのグループが強いというのはありますが、今回のチームはそれぞれの分野を超えて連携している強みがあります。これはユニークな強みでしょう。産学連携はよくある話ですが、学の範囲の中で縦に連携するのは一般的にはなかなか難しいことです。通常は術語が違ったり、思いが違ったりしてバラバラになりがちですが、今回はうまく連携することができています。知識面や方向性においても、私どもだけではとてもできなかったことができたのは、まさにこの独特なチーム構成だと思います。
日経パワー・エレクトロニクス・アワードを頂いたゲートエレクトロニクスのデジタル化の研究開発も、プロジェクト参加メンバーとの会話から生まれてきたものでした。その意味でも、すでに異分野連携の意義は出てきています。しかし、このゲートエレクトロニクスのデジタル化をもっと推し進めると、その先に、デバイス事業のサービス化といった、新しい形態の産業も考えられるなど全体的にますます異分野連携の意義は高まってくると期待しています。その辺は、またあとでお話ししたいと思います。
Q:現時点で実現した、技術面での成果は何でしょうか。
一言で言うと、「ゲート駆動にデジタル制御を適用、パワエレIoT実現に道」に表されているように、先ほどお話しした強電と弱電をつなぐゲートエレクトロニクス部分にクロックを導入し、デジタル化を行ない、今までより良質のパワーデバイスの制御を実現したということになります。
技術的な言葉で言うと、パワーデバイスのゲートを駆動する波形を、2のN乗のバイナリコードで、時々刻々波形制御できるような半導体チップを作り、その最適制御波形をアニーリングというAI的な手法で求めることにより、今まで到達できないような、低損失でノイズの少ない制御手法を見出した、ということになります。
2のN乗のバイナリコードでコントロールできるというのは、世界で初めての成果です。このチップができたことで、自由に波形がコントロールできるようになり、従来では考えもしなかったような自由な波形を描けるようになりました。今まではパワーデバイスをオンやオフにするとき、ゲートは単調な簡単な波形で駆動していました。今回は、それが「オンになっている途中にちょっとパワーデバイスのオン状態を弱める」などということが可能になりました。しかし、あまりにも波形の自由度が多いため、別の問題が起こりました。自由度が多すぎて、何でもできてしまうため、人間では最適な波形を見つけられなくなってしまいました。
そこで思いついたのが、機械知能的AIに見つけさせるという方法です。自動的に波形をつくって試してみて、どのくらいのノイズが生じ、どれくらいのエネルギー損失が生じるかを計算します。パワーエレクトロニクスでも、ノイズは小さいほうが良いし、エネルギー損失も少ない方が良いのは言うまでもありません。ノイズと損失を評価してその波形が良いか悪いかを判断し、再度波形を自動的に作り出します。
この繰り返しをするときに、波形が良くなったらその波形を採用し、悪くなったら採用しないというだけでは、最適化が進まないことが分かってきました。賢く最適化をしなければ、良いところが見つからないのです。アニーリングという鉄の焼きなましを模擬したようなアルゴリズムを使うことで、人間にではできない良い波形を探せるようになりました。試行錯誤の結果、「最初はちょっと強く駆動して、少し中だるみをつくってから再び強く駆動すると最も良い」ということがわかり、具体的な波形も提示することができるようになりました。
デジタルチップの研究開発と、AI的なアプローチをつかったゲート波形コントロール。これらを合わせることで、今までより良質なパワーデバイスの駆動ができるようになりました。パワーデバイスは同じ物を使っていても、ノイズや損失が今までよりも少ない、ということが実現できる道筋ができました。
このようにゲートエレクトロニクスが賢くなると、パワーデバイスとゲート駆動チップを一緒にして考えると、外からは単にスイッチを入れろ、というとゲートエレクトロニクスが自動的に判断して良い駆動をしてくれるというようになります。その後の研究では、オンしようとしているときに、過大電流などが流れると自動的に遮断してくれる機能なども実現できることが分かってきました。つまり、「自分の動作によって取り返しのつかないことが起きるのではないか」とか「故障が起きてしまうのではないか」ということまで判断できるようになってきました。
こうなってくると、安全や安心といった機能をゲートエレクトロニクスに盛り込むことができるようになってきます。パワーエレクトロニクスのIoT化も進んでいて、色々な所からのセンサー情報などをうまく使って、AI的に処理すると今までわからなかったことに気づけるようになると考えられています。それも、色々なデータや経験事象が増えれば増えるほど、システムは賢くなり、デジタル化されたゲートエレクトロニクスのソフトウェアをアップグレードするだけで、どんどん良いサービスが提供できるようになるといったことも夢ではなくなります。まさに、パワーデバイスビジネスのサービス化です。
今はまだノイズや損失など効率に重点が置かれていますが、将来的には安心や安全、信頼性、安定性やダウンタイム低減などに通じるところまで、ゲートエレクトロニクスがカバーできるようになると考えています。そこに現場の長年の経験や知恵を入れ込むとともに、新しいデータによって時々刻々サービスをアップデートすることによって、複雑すぎて真似のできない技術プラットフォームができあがるでしょう。
これまで、こういった戦略をとることができていませんでした。弱電半導体で起こった過去のあやまちを繰り返さないためにも、デバイス技術だけではなく、複雑すぎて真似できないというかたちにパワーエレクトロニクス技術全体を仕上げることが、世界に貢献できる永続的な技術を築くのに必要だと思っています。(了)

桜井 貴康
さくらい・たかやす
京大学生産技術研究所 教授。
1981年、東京大学電子工学専攻博士課程修了。工学博士。
同年4月株式会社 東芝入社、半導体技術研究所にてDRAM、高速SRAM、キャッシュメモリ、ASICの設計研究開発に従事。その間、世界初のDRAM混載ASICなどを発表。また、広く半導体産業界で使用されているα乗則MOSモデルや、配線容量、遅延のモデルを提案。
1988年から1990年までU.C.BerkeleyにてLSI CADの研究、その後、東芝に帰任し論理LSI、BiCMOS ASIC、高速プロセッサ、世界初のMPEG2用LSI、メディアプロセッサなどのシステムLSIの設計開発をマネージメント。特許100件以上取得。
1996年より東京大学 生産技術研究所教授。高速・低消費電力LSI設計や大面積エレクトロニクス、システムプラットフォームなどの研究に従事。ベンチャーなどの技術コンサルタント。IEEE Pederson賞など受賞多数。IEEEフェロー。JSTナノエレエレクトロニクス領域総括。